世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3397
世界経済評論IMPACT No.3397

原子力から国産カーボンフリー水素を作る

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.04.29

 2024年2月19日に発信された「インパクト」欄に寄せた拙稿「第7次エネルギー基本計画の三つの焦点」(世界経済評論IMPACT,No.3304)で,「35年温室効果ガス排出19年比60%削減」という新しい目標を達成するためには,二酸化炭素を排出しないゼロエミッション電源を大幅に拡充しなければならないが,残念ながら,既存炉の運転期間が延長されるだけで次世代革新炉の建設が一向に進まない原子力は,あまり頼りにされていない,と書いた。また,24年3月18日に発信された拙稿「遠のく次世代革新炉建設:原子力政策の漂流は続く」(世界経済評論IMPACT,No.3341)では,戦略も司令塔も存在しない政府の「無作為」は継続しており,原子力政策はいまだに漂流を続けている,と述べた。

 しかし,このような状況をいつまでも放置しておいて良いはずはない。では,どうやって,現状を打破するのか。

 突破口は,原子力を,狭い意味での電源としてとらえるだけでなく,二酸化炭素を排出せずに作るカーボンフリー水素の供給源としても位置づけることにあると考える。このようなタイプの水素には「ピンク水素」という言葉が使われるが,これはやや意味がわかりにくい呼称であり,「カーボンフリー水素」と呼ぶべきであろう。

 カーボンフリー水素としては,通常,太陽光発電や風力発電で生産された電力(グリーン電力)を使い水の電気分解を行って得る,いわゆる「グリーン水素」が想定される。しかし,グリーン水素には,太陽光発電や風力発電の稼働率が低いため,電気分解装置の稼働率も下がってしまい,それがコスト高につながるという「泣き所」がある。それに対して原子力発電は,ベースロード電源として使えるものであり,高い稼働率を維持することが可能である。原子力発電所からの電力で水の電気分解を行えば,電気分解装置の稼働率も高水準に保つことができる。カーボンフリー水素をめぐる重大な高コスト要因の一つが,取り除かれるのである。

 カーボンフリー水素は,カーボンニュートラルを実現するうえで,必要不可欠な原燃料である。ガス火力を水素火力に転換し,水素と二酸化炭素で合成燃料(e-methaneやe-fuelなど)を製造し,鉄鋼業に水素還元製鉄を導入しない限り,カーボンニュートラルは達成されない。

 カーボンフリー水素であるグリーン水素やCCS(二酸化炭素回収・貯留)を使って得るブルー水素を作るコストは,海外の方が安い。グリーン電力のコストや,多くの場合,油・ガス田を貯留場所とするCCSのコストが,海外の方が割安だからである。したがって,日本の場合,今のままでは大半のカーボンフリー水素を海外から輸入することになる。これではエネルギー自給率は向上しないし,カーボンフリー水素の海上輸送費も高くつく。

 国内の原子力発電所をカーボンフリー水素の供給源にすれば,この問題も解決する。カーボンフリー水素の国産化が実現するのである。さらに,原子力発電所の発生電力の一部を水素生産用に回せば,その分だけ従来型の電力供給量を減らすことができ,再生可能エネルギー電源の「出力制御」を抑制することができる。

 第7次エネルギー基本計画で電源構成見通しにおける原子力の比率を高めるためには,原子力を従来型の電源ととらえるだけでなく,カーボンフリー水素の供給源とも位置づける,新しい視点を導入するしかないのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3397.html)

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