世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3373
世界経済評論IMPACT No.3373

トランプ刑事裁判:もたつく機密文書事件の公判前審理

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.04.15

 口止め料事件(本誌2024年4月8日付No.3371参照)の起訴から3ヵ月後の2023年6月,今度はジャック・スミス連邦特別検察官がトランプ前大統領(以下,トランプ)をスパイ法違反などで起訴した。罪状は,国家安全保障に関わる機密文書をフロリダ州パームビーチの私邸兼プライベート・クラブのマー・ア・ラゴに不法に保管した重罪32件,これに関連する捜査妨害7件,偽証1件の合計40件。同時にトランプの部下ウォルト・ナウタとマー・ア・ラゴのマネージャー・カルロス・デ・オリビエラも偽証罪等で起訴された。現在,公判前の審理が南部フロリダ州連邦地裁で進められている。

事件の真相を伝えた49ページの起訴状

 トランプは,「機密文書は,2021年1月までの大統領任期中にホワイトハウスから移し,大統領記録法には抵触しない私物だ。起訴は政治的理由によるもので,ガーランド司法長官がジャック・スミスを特別検察官に任命したのは憲法違反だ」と非難し,無罪を主張している。

 しかし,2023年6月に公開された49ページの起訴状によると,私邸に持ち込まれた機密文書の中には,米国国内の核プログラム,米本土攻撃に対する潜在的脆弱性,外敵に対する報復攻撃計画などの公文書が含まれている。これが外部に洩れれば,米国の国家安全保障,外交関係,米国の軍や国民の安全とセンシティブな情報収集活動が危機に陥る可能性があると,起訴状は指摘する。

 こうした機密文書を納めた箱が邸内に隠されているのではなく,写真を見ると,何十箱もがバスルームやボールルームのステージに無造作に積み上げられ,一部は箱が壊れて中身が床に散らばっている。起訴状には,機密文書が敵国に渡った可能性があるとは書かれていないが,トランプは自分のゴルフクラブで機密文書を少なくとも2回,知人らに見せて自慢している。機密文書をもてあそぶトランプはまるで子供のようで,大統領としての責務は微塵も感じられない。バイデン大統領やペンス副大統領の自邸からも機密文書が見つかったが,すぐ返却された。

 しかし,トランプ自身,機密文書の保有が不法であることは承知していたとみられる。FBIの捜査に対応して,部下のオリビエラに監視カメラの映像を消去させたり,文書箱を移動させたりした事実がこれを物語っている。それでも,すべて無罪だと主張するトランプには呆れるばかりだ。

ベテラン連邦検事ジャック・スミス,新米地検検事エイリーン・キャノン

 ガーランド司法長官は2022年11月,ジャック・スミス検事(54歳)を特別検察官に任命した。スミス検事は政治家や公職者による犯罪を追及して実績を挙げ,オランダ・ハーグの国際刑事裁判所でコソボ紛争の戦争犯罪を裁く首席検察官も務めたベテランである。一方,この事件の裁判を指揮するのは,南部フロリダ州連邦地裁のエイリーン・キャノン判事。1981年に南米コロンビアに生まれ,トランプ大統領に任命されて2020年11月,地検検事に就任した新米である。

 起訴後,公判は2024年5月20日開始と決まったが,刑事事件の経験も浅く,決断の遅いキャノン判事では5月開始は不可能と見られている。スミス検事はできるだけ早く公判を始めるべきだと訴えているが,トランプの首席弁護士トッド・ブランチは,大統領選挙戦中の公判などあり得ない,共和党の大統領候補に選挙活動させないつもりかと息巻いている。

 これとは別に,公判開始に影響するより大きな問題に,大統領在任中の行為に対して刑事責任は問えないという大統領免責特権問題がある。最高裁は2月末に,この審理は4月22日の週に始めると決定しているため,機密文書事件の公判開始はさらに遅れ,選挙後になるのは必至とも言われる。

 口止め料事件では,ブラッグ検事とマーチャン判事との連携プレーがみられたが,機密文書事件では,スミス検事とキャノン判事との連携など期待すべくもない。しかし,4月初め頃から,キャノン判事はトランプ寄りの姿勢から徐々に離れ,スミス検事に近づいているように見える。例えば,キャノン判事はトランプの起訴棄却要請を直ちに却下したし,トランプ側が無罪の根拠とする大統領記録法ではなく,スミス検事が訴因とするスパイ法違反を重視するようになった。

 また,キャノン判事は,裁判所の公開書類に証人の名前を実名で出すよう求めるトランプの主張を支持していたが,仮名での掲載に拘ったスミス検事の要請を最終的に受け入れた。実名を公開すれば,その人物はトランプから個人攻撃を受けるという過去の実例を,スミス検事から学び取ったからである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3373.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム