世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ソフト・スタグフレーション化している米国経済
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.03.25
総労働時間は鈍化,賃金上昇率は高い
米国民間非農業部門の就業者数に週平均労働時間を掛けて算出される総労働時間は,労働投入量の指標です。総労働時間の伸び率は,鈍化基調にあります。2022年2月には前年同月比+6.1%であったものが2023年2月には+2.3%,直近の今年2月には+1.0%となっています。これは,リーマンショックに至った2008年1月からの景気後退期の直前と同程度の伸び率です。
一方,時間当たり賃金は2月には前年同月比+4.3%と,1年前の+4.7%から下がったものの,現行ベースでデータが取れる2007年3月以降,コロナ禍直前までの平均値が+2.5%,最高値で+3.6%であったことから見れば,歴史的には依然高水準です。失業率は昨年4月の3.4%から2月には3.9%へと上昇していますが,米議会予算局の推計では4.4%とされている自然失業率をまだ下回っており,賃金上昇圧力が残っていると考えられます。
財物価の下落と設備稼働率の低下
財の消費者物価は,2022年3月には前年同月比で14%を超える所まで急騰しましたが,今年2月には+0.3%まで下がっています。足元の動向を示す6ヵ月前比の年率換算値では−1.1%と下落に転じています。特に耐久財は−3.7%と大きく下落しています。一方,製造業の設備稼働率は2022年前半には80%に迫り,2000年7月以来の高水準となりました。しかし,その後は低下し,今年2月には77.0%と過去の景気後退初期並みか,それよりも低い水準となっています。最終製品価格が下落し,設備稼働率も低下している点では,製造業の景気が悪いことは明らかです。
遠ざかるソフトランディング
財物価を主導役に,消費者物価の前年同月比上昇率は,2022年9月の+9.0%から今年2月には+3.2%まで下がっています。経済全体としては景気後退に陥らず,インフレ率が低下してきた点では,ソフトランディングに向かっているように見えます。
ただ,上で述べた総労働時間の伸び率の鈍化,失業率の上昇,設備稼働率の低下は,景気が停滞状態(=スタグネーション)にあることを示しています。一方,個人消費支出の3分の2を占めるサービス支出の消費者物価は,2月には前年同月比+5.0%と,高い上昇率となっています。一部品目の変動の影響を受けにくく,物価の基調を示すと考えられる消費者物価中央値は,2月には前年同月比+4.6%と,平均値である通常の消費者物価の上昇率を大きく上回っています。さらに6ヵ月前比年率換算値で見ると,サービス消費者物価は昨年8月の+4.0%から今年2月には+5.9%へ,消費者物価中央値は12月の+4.1%から4.8%へと上昇率が高まっており,足元で再加速気味であることがうかがわれます。スタグネーションとインフレが併存している点では,スタグフレーションと呼ぶべきでしょう。ソフトランディングとスタグフレーションは紙一重であり,現状はソフト・スタグフレーションとでも言えそうです。
インフレ率の基調が十分下がっていないことを受けて,金融市場での利下げ期待は後退しています。利下げが進まない中,現状程度の景気停滞に留まれば,インフレ率は今後も下がりにくく,スタグフレーションの様相は一層明らかなものとなるでしょう。これまでの金融引締めの影響が表面化して景気がさらに鈍化すれば,早晩景気後退に入るでしょう。いずれにせよ,ソフトランディングからは遠ざかってゆきそうです。
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