世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3330
世界経済評論IMPACT No.3330

トランプ人気の経済的背景を考える

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.03.11

所得格差の拡大と弱い所得再配分効果

 トランプ氏の共和党大統領候補選出は確実視され,最近の世論調査では,バイデン大統領を上回る支持を得ています。もしトランプ氏が大統領になったらどうなるかという「もしトラ」シナリオも語られています。ただ,11月の大統領選挙までに米国の景気や物価がどうなっているのかも定かでない今のタイミングで,もしトラを考えるのは時期尚早のようでもあります。なぜトランプ人気が高いのかという「なぜトラ」を考える方が,米経済・社会の現状を理解する上では大切でしょう。

 トランプ氏は,米国社会の分断の象徴と考えられます。社会の分断の経済的側面として所得格差の動向を見ると,OECD統計によれば,課税,移転による所得再配分後の18~65歳の可処分所得のジニ係数は,1999年の0.345から2013年には0.392まで上昇しました。その後,上昇は止まりましたが,高水準で推移しています。3月4日付の「取り残される日本経済」の中でも示しましたが,米国は他の先進国と比べて所得格差が大きく,課税,移転による所得再配分効果も弱いと見られます。所得再配分前の18~65歳の所得のジニ係数は,米国では0.471(調査時点2022年),英国0.462(2021年),フランス0.444(2021年),ドイツ0.404(2020年),日本0.392(2018年)です。再配分後可処分所得のジニ係数は,米国0.389,英国0.355,日本0.324,フランス0.301,ドイツ0.299であり,米国と英仏独とのジニ係数の差は再配分後で拡大しています。

富裕層への富の集中と中間層の衰退

 米国ではフローの所得面だけでなく,ストックの資産面でも格差が大きいようです。FRBが3年毎に行うSurvey of Consumer Financesによれば,家計の純資産額において上位10%層が占める比率は,1992年の67.0%から2016年には77.0%まで上昇しました。一方,純資産額の上から25~75%の中間層のシェアは同期間に15.5%から9.0%まで低下しており,中間層の衰退がうかがわれます。

 ただ,社会の分断の経済的側面として所得・資産格差があるとしても,それがトランプ支持に結びついていると考えるべきなのでしょうか。過去,共和党政権は民主党政権よりも格差是正に消極的だったと見られます。上記調査では上位10%層の資産シェアは2019年の76.5%から2022年には73.4%へ低下し,中間層のシェアは9.9%から11.2%へ上昇しました。トランプ氏からバイデン氏に大統領が交代した後,資産格差はやや縮小したと言えます。

オバマ政権下の社会保障充実に対する中間層の不満

 2009年に始まった民主党オバマ政権のもとで医療保険制度改革などの社会保障の充実が図られました。米GDP統計に基づく個人所得勘定によれば,個人の経常移転受取の課税・移転前所得に対する比率は,共和党ブッシュ(子)政権時の15%前後からオバマ政権下では19%前後へと上昇しました。これは貧困層の救済という点では格差是正に一定の効果があったと見られます。しかし,中間層の目には,経済成長の恩恵が富裕層から自分たちを飛び越して貧困層に回されたと映り,不満を募らせたことが,その後のトランプ人気につながったのではないでしょうか。

 1981年から1989年に在任したレーガン大統領は,それまでの税・社会保障負担と経常移転の増大傾向を止め,米国経済を復活させたとして国民から高い支持を得ました。Make America Great Againと唱えるトランプ氏は,レーガン氏をロールモデルとしているように見受けられます。そのことも,こうした経済的背景を考えると納得が行きます。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3330.html)

関連記事

榊 茂樹

最新のコラム