世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
取り残される日本経済
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.03.04
停滞する1人当たり実質GDP
2023年に日本のGDPの米ドル換算額がドイツに抜かれて世界4位に下がったことが話題になりました。ただ,人口の違いを考えずに比較してもあまり意味がありませんし,為替レートの変動の影響が大きい面もあるでしょう。そこで,主要国の中での日本の相対的な豊かさを見るために,IMFの2023年10月時点の世界経済見通しに付随するデータベースを使って購買力平価で換算した日米英独仏の1人当たりGDPを比較してみましょう。米国を100とした時,1980年にはドイツは88.7,フランスは85.7,英国は76.3,日本は72.9と,5か国の中で日本は一番低い水準でした。しかし,1980年代の日本の1人当たりGDP成長率は他の国々より高く,水準も英仏を抜いて1991年には89.0に達し,90.3であったドイツにほぼ追いつきました。しかし,90年代以降大きく伸びが鈍化して米独との差は拡大し,英仏にも抜き返されました。2009年には71.6まで下がった後,2013年には74.1と若干持ち直しました。この時点では,ドイツは84.5,フランスは76.9,英国は75.1と日本と英仏の差はまだ小幅でした。しかし,その後,日本の1人当たりGDPの相対水準は再び大きく下がり,2022年には64.3となりました。その年,ドイツは83.9,フランスは73.8,英国は71.8であり,米国に対してだけでなく欧州諸国との差も拡大し,日本だけ取り越された状態です。
2013年からのアベノミクスの下での積極的金融・財政政策も,一時的に景気を回復させる以上の効果はなかったと言えます。また,昨今の物価と賃金の好循環という議論も,生産性の向上がなければ持続性は期待できず,1人当たりGDP成長率を中長期的に高めることにはつながらないでしょう。
所得再分配効果が弱い日本
生産性向上のためには,イノベーションが必要でしょう。ただ,シュンペーターが述べたように,イノベーションとは創造的破壊です。新たな企業,産業が勃興する一方で,既存の企業,産業は淘汰されます。勝者の企業や個人はより多くの所得を獲得する一方,敗者の企業や個人は所得を失います。
各国の働く人々の所得格差を見るため,OECDの国際比較統計(https://stats.oecd.org/)から,18~65歳の人の課税や移転受け払いを通じた再分配前の所得のジニ係数の直近値を取ってみます。ジニ係数は所得分布などの格差の状況を見る上で有効な指標であり,0は格差が全くない状態,1は格差最大を示します。日本は0.392(調査時点2018年)と,米国の0.471(2022年),英国の0.462(2021年),フランスの0.444(2021年),ドイツの0.404(2020年)と比べて低く,相対的に格差が小さくなっています。しかし再分配後の可処分所得のジニ係数を見ると,日本は0.324,米国は0.389,英国は0.355,フランスは0.301,ドイツは0.299であり,日本の格差は独仏より大きくなっています。これは,日本における課税や移転を通じた所得再分配効果が弱いことを示しています。こうした状態のままでイノベーションを推進すると,一部の人の所得が増えて平均値である1人当たりGDPの成長率は高まったとしても,多くの人々の生活は豊かにならず,所得格差が拡大して社会の分断化が進みかねません。
遅れる温室効果ガスの排出量削減
日本経済の立ち遅れは,地球温暖化対策などの環境面でも顕著です。IMFとOECDのデータから実質GDP(2012年価格,購買力平価換算値)1ドル当たりの温室効果ガス排出量(CO2換算量)を算出すると,1990年の時点で日本は322g/$であり,フランスの309g/$より若干多いものの,米国の692g/$,ドイツの492g/$,英国の489g/$より低い水準でした。しかし,2021年時点では,日本の244g/$に対し,米国は323g/$,ドイツは183g/$,英国は153g/$,フランスは148g/$となり,日本は独英仏の水準を大きく上回っています。それだけ,日本の温室効果ガス削減が遅れていると言えます。地球環境の保全が世界的課題となっている今,環境制約も日本経済の成長力を押し下げる要因となりそうです。
所得格差や環境制約などの問題を考えると,日本の1人当たり実質GDP成長率の高め,先進国の中で相対的な豊かさを再び向上させることは容易ではないように思えます。ただ,かつて日本と経済構造が似ているとされたドイツが,所得格差拡大を抑え,温室効果ガス排出削減を進めながら,90年代以降,米国には及ばないものの日本よりはるかに高い1人当たり実質GDPの伸びを実現し,相対的な豊かさを維持してきたことを見れば,不可能とあきらめるべきでもないでしょう。
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