世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3321
世界経済評論IMPACT No.3321

「龍の年」,中国の人口減少に歯止めはかかるか?

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2024.03.04

 2023年,中国の出生者数は前年比5.7%減の9.02百万人,死者数は6.6%増の11.1百万人だった。2.2百万の人口減少であり,これは前年の85万人を大きく上回った。60年前の大躍進政策の失敗に伴う大飢饉による大幅な人口減少以来,2年続けての減少となった。人口千人当たりの死者数は7.87人であり文革末期の1974年の水準を上回った。全体で見れば,中国の人口は前年比0.15%減少したことになる。

 死亡率の上昇は,2022年12月のゼロコロナ政策の突然の解除(都市のロックダウン,大規模検査の中止)とこれに伴う翌年1~3月にかけての急速なコロナウイルス感染拡大によるという見方もある。この当否と是非はさておき,単純に足し引きすれば,昨年初頭のコロナ感染死者数は数万~数十万人単位となっている可能性もある。中国の消費の伸び悩みをもたらした先行きの期待感の落ち込みなど,今一つ昨年の経済状況がパッとしなかった理由のひとつがこのあたりにもありそうな気がする。

 春節が明けて,各地の昨年の人口動態が公表されるようになっているが,これを見ると,党・政府の少子化とそれに伴う中長期的な労働力不足対策の効果がじんわりと現れているのがわかる。対策の一つが都市化の推進である。農村部の労働力や新卒者を都市部に吸引する政策である。そのために行われているのが企業誘致であり,産業振興である。もう一つが,子育て世代に対する支援策の拡充である。これについては,財政面で余裕のある地方政府が有利だ。

 人口減対策の成果を出しているのが浙江省である。2023年末時点の浙江省の人口は6,627万人で,前年比55.7万人増加した。出生者数は38.3万人で死亡者数は44万人だったので,5.7万人の自然減だが,他省からの人口流入が自然減を大きくカバーした格好だ。杭州市の人口は14.6万人,温州市と寧波市ではそれぞれ約8万人増加した。それだけではない,省内の一部の都市では自然増の現象も見られる。省全体の出生率は5.8%,死亡率は6.66%だが,杭州市は同じく6.7%,5.4%,金華市は6.6%,6.1%とそれぞれ出生率が死亡率を上回っている。とくに,杭州市はアリババが本社を置き,IT産業が勃興している都市であり,上海などからの移住者も多い。しかも,市の財政が豊かなので,新生児が生まれた家庭に対する一時金支給も昨年から実施されている。第二子の場合は5千元だが,第三子の場合2万元が支給される。また,産休も第一子の場合は158日,第二子・第三子の場合は188日まで延長されている。

 安徽省も省全体では人口減少局面にあるが,省都合肥の場合,昨年末の人口は前年よりも16.9万人増えて963万人となった。しかも,出生率は8.97%,死亡率は5.39%と自然増も維持されている。安徽省は,産業振興とそのための企業誘致に力を入れており,進出企業に対し,省政府傘下の投資会社が出資するといったことも行っている。長江デルタ地帯は,上海から江蘇省へと,交通インフラの整備に加えより低コストでの生産を求める企業投資の重点が移行してきたが,今や南京を超え,合肥にまで広がっていることの表れだろう。ちなみに合肥市には,BYDの工場が三か所あって,一大EV生産拠点を形成している。

 この10年以上,出生率の低下に加え,人口流出が続いていた遼寧省と吉林省の場合,人口流出に歯止めがかかった。吉林省の人口は,2022年27.5万人減少したが,昨年は8.3万人に留まった。遼寧省の人口も同じく15万人減少したが,人口の8割を占める都市部に限ってみると10万人増加している。両省ともEV工場の誘致を積極的に行っており,吉林省の長春市の場合,アウディのEV新工場が今年オープンすることになっている。

 2023年,全国31の省市の中で人口が減少したのは20省市に及ぶ。一方,主に中西部の省では人口増加が依然続いている。また,今年は辰年であり,中華圏の国々では出生率が高まる年でもある。ゼロコロナ政策よるロックダウンなどによって2022年の婚姻件数は減少したが,昨年はその反動か,婚姻数は増加傾向にあるようだ。安徽省淮北市の婚姻件数は前年比98%,河南省許昌市は前年の5倍,蘇州市でも前年比20%以上の増加となった。ただ,地方都市の場合,コロナ禍の中,地元に戻らざるをえなくなった農民工の数が増えたという事情もあるかもしれない。

 「中国生育成本報告2024年」(梁建章団体)によれば,0歳から17歳までの子育て・教育費用は,全国平均で53.8万元に上ると言う。上海では101万元,北京は93万元と,さらに高額だ。これは中国の一人当たりGDPの6.3倍である。中国は韓国と並ぶ子育て・教育費用大国と言える。2011年7月に実施された学習塾禁止令の目的は学齢期の子供の教育費抑制が目的だった。上記報告によれば,この政策のためかどうか,2022年に比べ,子育て・教育費用は,上海で1.6%,北京で3.3%低下したという。ただし,江蘇省,浙江省では20%近く負担が重くなっている。全国的に見ても,差はあるものの,費用は増加傾向にある。

 政府は,こうした費用の増加を抑制することが少子化の歯止めにつながると考えているようだ。ただ,コストが下がったからといって子供を持とうというインセンティブは生まれるだろうか? 筆者の大学の受講生は,講義レポートにこんなことを書いている。「お金がもらえるからといって,子供を持ちたいという気持ちにはなりません。結婚も出産も社会に希望が持てない限り,するつもりもありません」。

 少子化の流れに歯止めがかかっている地方は,いずれも,経済・産業が相応に活況を呈している。これに政府の支援措置が加わる。つまり,就業をはじめとする生活の先行きに安心感があり,将来に希望が持てるからこそ,子供をつくろうという気持ちになるのではないかと思う。「より良い未来」が期待できる社会を作り上げることが,つまるところ,少子化対策の決め手ではないかとも思う。子供は希望であるが,子を成すのも希望があればこそ,である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3321.html)

関連記事

結城 隆

最新のコラム