世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3316
世界経済評論IMPACT No.3316

日本経済の底力を再発掘しよう

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2024.02.26

 日本経済の低迷が続いている。2023年のGDP(国内総生産)が世界4位に転落したことがその証左だとセンセーショナルに報道されている。加えて新年早々に能登半島を突然襲った地震と津波は日本中を震撼させた。コロナ禍や猛暑に続く大災害の度重なる追い打ちである。だがGDPで国の経済力が測れるのはごく一部であり,もっと深い部分に目を向けないと日本経済の総合力は測れない。日本経済の懐は奥深く,当然にそれを支える経営と労働と技術の底力,それらにまして人々の連帯の輪は強靱である。そこで看過されている要因のいくつかについて改めて考えてみよう。

 まず第1に相互需要という基本タームをもう一度見直してみよう。需要と供給とは実は表裏一体の概念であり,生産者が同時に消費者であり,消費者もまた生産者になり得る。

 したがって,両者を別々のものとしてではなく,その双方向性に目を向けるべきである。生産者は原材料や生産手段を専業者から調達して製品を作るが,その完成品を市場で購入するのはこれらの専業者でもある。つまり生産に当たっての分業の深化が,今度は消費の際の購入者の層を厚くし,かつその購買力を育てる。そしてこの相互需要の度合いが深まることが,市場の深化を生み出していく。だから不安定な未知の市場に賭けるよりも足下の安定した潜在的市場を見つめ直すことが大事になる。近接地内で生産と分配の循環が基本的に完結できることが相互の所得を豊かにし,かつ消費を拡大し,そして市場を活発化することに繋がる。そして生産過剰に陥ったり,過少消費を嘆いたりしなくて済む。だから相互需要が相互利益(互恵性)を強める気風をどうしたら作れるかに注力すべきである。

 第2にこのことをもう少し敷衍させると,事業を興すことと,仕事を見つけることの間にも同様のことが考えられる。まず仕事を興し,それを起業化し,必要なファンドを集めるという,創労ー創業ー創資の連関と正しい循環関係を構築し,その連関にたえず留意していくことである。その出発点はまず仕事を興すことにあり,それに沿って創業していくことである。製造業大国ドイツがIoTを進めるに当たって,省力化ではなく,まず仕事を創り出すこと,そのために労働者の再訓練をおこなったことは教訓的である。労働と企業経営は本来は決して別種のものでも対立的なものでもない。労働者が同時に企業家になることは今日珍しいことではない。たとえば家庭の主婦がスーパーに働きに出て,消費者の感覚でレイアウトを考えたり,広告のチラシを発案したり,さらには新商品の提案をしたりといったことが珍しくなくなってきた。これをさらに発展させて,自ら仕事を生み出し,仲間を集めて創業し,適切な資金を集め,さらには経営していくところにまで進んでいくという正しい道筋を立てていくこと,共創・共働・共営・共栄の連関の確立である。

 第3にゼロエミッションの考えの注入である。廃棄物をできるだけ出さず,繰り返し利用し,相互利用の可能性を探り,自然のうちにある相互補完の特性をうまく利用して,循環型経済システムを確立することである。そのためには単純な効率性重視の考えを改め,自然界に学び,その全体の総合的効果を検討して,「合成の誤謬」に陥らないように留意していくことである。そのことは限りある地球に生きていく全ての生物の共存と共生のための鉄則である。そして地球資源の恒久的な活用と再利用に心がけるべきである。幸いにして我が国は春夏秋冬という季節の明確な変化と循環に恵まれ,寒帯から亜熱帯までの幅広い気候帯を有し,広大な海洋にも恵まれ,峻険な山岳も合わせもつという,世界でも希な多彩な自然条件を有している。だからこそ1億2千万人もの人口を養いえてきた。これをこれまで以上に巧みに活用し尽すべきである。

 第4に「ロングテール」と呼ばれる長い間愛好される製品の末永い利用である。消費者の日常生活に染みこんだ製品やサービスは画期的な新製品よりもむしろ費用対効果が良い。不必要な広告宣伝費を使わないで済むからである。しかも安心感があり,新製品につきものの不安感がない。この中にはかつての名品で現在市場に出ていない商品のリバイバルや用途の変更といったことも含まれてこよう。過去は宝物庫である。これを再利用可能にするのは,人間の叡智である。

 以上のことから,地産地消(生産と消費の近接性に加えて仕事と居住の近接性)を進め,コミュニティを復活させて,共創,共働,共営,共栄の気風をいかにして作り上げるかがこれまで以上に大事になろう。能登半島の不運な天災がその地に住む人々の不屈の底力を奮い立たせている。そして日本中からの善意の助力が集まっている。この中にこそ日本の確かな未来があると感じるのは,けっして私一人だけではないだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3316.html)

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