世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
低下する日本のインフレ率
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.02.12
川上の物価上昇圧力減退が川下へ波及
1月22,23日開催の日本銀行政策決定会合では金融政策の変更は見送られた一方,植田和男総裁は記者会見で安定的・持続的な2%インフレが実現する確度は少しずつ高まっているとの見解を示しました。
ただ,実際には,インフレ率低下の公算が高まっています。経済の川上の物価動向を示す商品価格指数や国内企業物価指数の上昇率は大きく低下しています。ブルムバーグ発表の国際商品価格指数の円建て換算値を計算すると,2022年4月には前年同月比+70%程度の上昇率であったものが,23年4月以降は前年比同月比マイナスで推移しています。国内企業物価の前年同月比上昇率は,22年12月に前年同月比+10.6%でピークを打ち,23年12月には0%まで下がりました。そうした川上の動きが川下の消費者物価にも波及してきているようです。全国の生鮮食品を除く消費者物価の前年同月比上昇率は,23年1月の+4.2%をピークに12月には+2.3%まで下がってきました。
小売り売上は減少,労働需給は緩和
政府,日銀は物価を上回る賃上げを期待しています。ただ,労働需給を示す有効求人倍率は22年12月の1.36倍をコロナ禍後のピークとして下落に転じ,23年12月には1.27倍に下がっています。賃金上昇率が大きく加速するような状況にはないようです。小売業販売額指数の季節調整済み値は,23年9月がコロナ禍後のピークであり,12月には9月の水準から3.5%下がりました。これまでの物価上昇で消費者の買い控えが強まっていると見られ,小売業者によるさらなる値上げは難しくなってきているようです。
東京都区部24年1月中旬分速報値によれば,生鮮食品を除く消費者物価指数の前年同月比上昇率は+1.6%と2%を割りました。全国レベルでも1月には2%を割りそうです。ただし,エネルギー価格高騰対策による物価押し下げ効果が,前年同月比ではこの2月に切れるため,前年同月比上昇率は一旦2%を上回ることが予想されます。その後,再び上昇率が低下し,4月頃から継続的に2%を割りそうです。
家計にとってインフレ率低下は望ましい
毎月勤労統計調査に示された1人当たり現金給与総額を総実労働時間で割ることで,時間当たり賃金を算出すると,2013年頃から緩やかな上昇傾向が続いています。23年12月までの10年間の平均上昇率は年率+1.2%であり,最近もそのトレンドから大きく変わっていないようです。ただ,2022年からの急激な物価上昇には追い付けず,消費者物価で割り引いた実質時間当たり賃金の減少が顕著です。家計の購買力の低下を防ぐという観点では,インフレ率が低下することは望ましいと言えます。
もちろん,インフレ率がマイナスにまで下がり,雇用情勢も大幅に悪化するのは良いことではありません。どうも,インフレ率が0~2%程度にあることが,現在の日本経済にとって比較的バランスが取れた安定的かつ持続的な状態ではないでしょうか。その点では,今後インフレ率が2%を下回る公算が高いとしても,それをむしろ日本経済が正常化する過程と捉え,日銀はマイナス金利を解除し,政府は財政赤字削減の方向性を示すことで,金融・財政両面で経済政策の正常化を図るべきではないかと思います。
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榊 茂樹
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