世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3282
世界経済評論IMPACT No.3282

総統選挙後の台湾に忍び寄る衰退の影

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2024.01.29

 1月13日に実施された台湾総統選挙・立法議会選挙において,民進党の頼清徳氏が総統選に勝利したものの,立法議会においては,民進党の議席が51,国民党が52,台湾民衆党8,無所属2となり,第三党の台湾民衆党がキャスティングボードを握るという結果となった。これは台湾選挙民のバランス感覚が現れたものではないだろうか。

 90年代以前に生まれた台湾市民は,国民党による一党独裁とその下での「白色テロ」という激しい政治的弾圧を受けた経験を持っている。仮に,「一国二制度」を前提に中台が統一されたとき,一体どのような統治が行われるのか台湾市民が底知れぬ不安を抱くのは無理もない。一方で,中台の経済関係は緊密である。中国市場は台湾企業にとって最も重要な存在だ。統一のメリットもデメリットも全くわからない,ただし,中国との経済関係は不可欠だ,ゆえに,どれぐらいの時間がかかるかは分からないが,とにかく波風を立てず,現状を維持してほしい,というのが台湾市民の本音ではなかろうか。ちなみに,台湾国立政治大学選挙研究センターが2022年6月に行った両岸統一に関するアンケート調査によれば,「今は決めたくない」と「ずっとこのままで良い」がそれぞれ約30%と過半数を占めている。

 台湾については,中国との関連で論評される傾向が強いが,現地の台湾市民にとっては,中国の脅威もさることながら,足元の経済がどうなるのか,といったことも大きな関心事だろう。その台湾経済は今一つといった状態にある。台湾のGDPは,コロナ禍の中でもプラス成長を維持し,2021年には電子機器に対する外需の急増に支えられ6.6%もの成長を見せた。しかし,2022年以降,エネルギー価格の高騰に伴う外需の低迷もあって,成長率は3%を割り込み,2023年は,大入り四半期がマイナス3.49%,第2四半期1.41%,第3四半期2.32%と今一つ振るわない。2023年通年で見れば2%の成長確保は微妙なところだろう。とくに最大の輸出先である中国(台湾の輸出の30%を占める)の経済回復が今一つであることから輸入が継続的に減少していることも大きい。

 台湾経済の成長を支えているのが,半導体,電気・電子機器産業であり,中国への輸出である。2022年から23年にかけての台湾の輸出の42%が半導体を含む電子部品だった。情報通信関連機器も含めれば過半を占める。また,2023年の中国向け輸出は全輸出の35%を占めている。2021年の40%に比べれば低下したものの,依然最大であるうえ,日本の19%,韓国の25%に比べかなり大きい。また,鴻海精密科技に代表されるODM企業も台湾経済の要となっている。そしてこれらの企業はいずれも中国本土に大規模な投資を行ってきた。

 しかし,これら台湾経済の要が揺らぎだしている。一つ目が,中国に自前のODM企業が育ちつつあることだ。2014年深圳市で創業した立訊精密工業は,2023年に江蘇省昆山市に大規模な工場を建設し,アップルのiPhone15の製造を開始している。従来は,アップルウッチなどの周辺機器だったが,いよいよ本丸の製品製造を取り込んだ。昆山市には多くの台湾系電気・電子機器メーカーが進出しているが,地場企業に押され,撤退を余儀なくされるという状況がこの数年続いている。

 TSMCの存在も決して盤石とはいえない。台湾経済におけるTSMCの存在は,圧倒的である。昨年12月時点での台北証券取引所の株価時価総額の26.8%をTSMCが占めている。しかし,最先端の半導体の開発製造には巨額の投資が必要であり,その環境負荷も大きい。とりわけ7nmを超える半導体の開発製造コストは,微細化が進むにつれ幾何級数的に増加し,一企業の手には負えなくなってくるともいわれる。TSMCは,昨年7月新竹に1nm半導体の開発センターを開設し,今年1月に台湾の嘉義県に約1兆台湾ドル(4.9兆円)を投じて1nmの半導体製造工場を建設すると公表した。2030年までには製造開始するといわれているが,巨額の開発費用をどうするのか,また投資回収は可能なのか,そもそも開発は成功するかなど,課題は少なくない。

 また,環境負荷の問題も見逃せない。TSMCが台湾内で費消する電力は2022年で21,056GWHで,これは台湾の全消費電力の7.5%に相当する。この電力消費は先端半導体の生産が拡大するにともないさらに増加すると見られ,1nm半導体が生産段階に入るとすれば,電力使用量は三倍に増加するとの見方もある。また,TSMCとその傘下企業が費消する水の量は2022年で1億トンを超えた。これは,富山県一県の年間消費量に匹敵する。また,ハイテク企業としてTSMCは大量のエンジニアを高給で雇用している。この結果,電子部品・電子機器業界と他産業との賃金格差が拡大傾向にある。それに加え,TSMCの拠点のある都市では,住宅価格の高騰も目立つようになっている。

 上記は,今次の総統選挙でも議論になった。台湾はオランダ病にかかったと言う評者も出現した。オランダ病(またはオランダの罠ともいう)とは,天然資源の輸出により製造業が衰退し失業率が高まる現象を表す経済用語の一つ。イギリスの経済誌エコノミストが1977年に造ったもので,当時のオランダの製造業が1959年フローニンゲンのガス田発見以降,衰退の途を辿ったこと説明するためのものだった。限られた分野の輸出が経済をリードするようになった結果,自国通貨が切りあがり,それによって他の産業が競争力を失い,結果的で産業全般の衰退を招くという内容である。

 オランダ病の懸念に加え,台湾には少子高齢化の波も襲い掛かっている。台湾の人口は,中国よりも一足早い2019年に純減に転じている。出生率は2012年の1.27から2022年には0.87まで落ち込んだ。一方平均寿命が延びていることから,65歳以上の高齢者の人口シェアは2022年には20%に迫っており,2050年には35%と,韓国の38%,日本の37%と並ぶと予測されている。

 電子モノカルチャー経済とも言える台湾産業のゆがみ,そして環境負荷の高まりに加えて少子高齢化の急速な進展など,三期目に入る民進党政権が抱える課題は重く大きい。そしてこれらの問題への取り組みが,引いては両岸問題の今後の行く末にもつながってくるのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3282.html)

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