世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3276
世界経済評論IMPACT No.3276

地経学下,台湾企業の対中戦略の新展開:フレンド・ショアリング,ペガトロンの選択

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.01.29

 米中対立以降,世界のサプライチェーンは,中国を主軸とする“赤いサプライチェーン”とフレンド・ショアリングによる“非中国のサプライチェーン”の2つの陣営に分けられるようになった。このような地経学の要請に応じ,台湾企業は東南アジアやインドに生産拠点を移転・設置するようになり,中国の生産拠点を“赤いサプライチェーン”の中国企業に売却するようになった。この新しい展開による台湾企業の対中戦略の変化は,和碩聯合科技(ペガトロン)でも緩やかであるが,脱中国の動きとして見ることができる。本稿は,前掲のコラム(No. 3253No. 3266)の続編であり,合わせて読んでいただきたい。

 パソコン大手の華碩(エイスース)の製造部門から分社し,EMS(電子機器製造受託サービス)の業務を行うのがペガトロンである。もともとエイスースの4人の創業者は,パソコン大手のエイサー出身のため,エイサー(ブランド企業としてのエイサーとEMSの緯創資通(ウィストロン)の分社化)を参考にして類似の経営方法を採用している。

ベトナムとインドの投資

 まず近年のペガトロンのベトナムとインドへの投資について紹介する。

 2020年2月,ペガトロンは45億台湾ドルを投じてベトナム工場の建設に着手,以降,2022年9月までに同工場に3期に分けて増資した。その後,2023年12月にはハイフォン(ベトナム第4の都市で北部最大の港湾都市)の工場と宿舎の建設に20億1400万台湾ドルを再び投資した。

 一方,2021年2月,同社は南インドの東側コロマンデル海岸沿いベンガル湾に面するタミル・ナードゥ州の州政府と投資に関わる覚書を交わし,州都チェンナイ近郊の工業団地にアップルのiPhone向け組立工場を設置した。投資額は42.9億台湾ドルで,最終的には1万4000人を雇用予定である。これによりペガトロンは,ウィストロン,鴻海(ホンハイ)に次ぐインド進出の台湾大手EMS企業となった。2022年11月にはPhone14 Plusの生産を開始,売り上げは好調で,インド進出はペガトロンの経営に有益と見られている。

中国の工場売却

 続いて,ペガトロンの中国工場売却の動きについて見てみる。

 2020年9月,ペガトロンは,傘下の金属筐体製造の鎧勝控股(ケーステック・ホールディングス)を145億台湾元で買収し,100%の子会社にした。同時に,ペガトロンは同社を中国大手EMSの立訊精密工業(ルクスシェア)に25億2700人民元で売却し,合わせてルクスシェアの持ち株を0.57%に増やした。ケーステックはiPhoneの金属筐体を製造する企業である。

 2023年12月,ペガトロン傘下のiPhone組立工場の「昆山世碩電子」の持ち株をルクスシェア傘下の立臻精密智造(昆山)に94.79億台湾ドルで譲り,持ち株をそれまでの100%から37.5%まで減少させた。これにより,ルクスシェアは昆山世碩電子の経営に大きな影響力を持つようになった。同時に,ルクスシェアは米国のQorvo社を買収し,RF(無線周波)チップ事業にも参入した。

中国における製造版図の変化

 “赤いサプライチェーン”の躍進は,iPhoneの組立業務の勢力図を大きく変化させた。iPhone組立工場の「昆山世碩電子」の売却前(2023年)の中国拠点のESMによる市場供給シェアを見てみよう。

  • (1)iPhone15,6.1インチ(鴻海45%,ルクスシェア45%,ペガトロン10%)
  • (2)iPhone15 Plus,6.7インチ(ペガトロン50%,ルクスシェア50%)
  • (3)iPhone15 Pro,6.1インチ(鴻海88%,ペガトロン12%)
  • (4)iPhone15 Pro Max,6.7インチ(鴻海85%,ルクスシェア15%)

 「昆山世碩電子」の売却後,ペガトロンのシェアはルクスシェアに移り,ルクスシェアは鴻海に続く「アップル・サプライチェーン」の第2のサプライヤーに躍進した。

 ペガトロンは「昆山世碩電子」(のちの立臻精密智造(昆山))の37.5%の持ち株を保持しているため,完全な「脱中国」には至っていない。アップルからすればペガトロンは依然重要なサプライヤーであるが,地政学や地経学のリスクに触れたくなく,鴻海のほかに“赤いサプライチェーン”のルクスシェアを育成し,中国市場でのプレゼンスを維持している。

 こうしたペガトロンの動きについて,同社の米国など非中国市場に供給する製品は,“非中国のサプライチェーン”であるインドやベトナム工場での組立に力点を置き,米国などによるフレンド・ショアリングに,より強く関与する方策をとったと筆者は考えている。また,ペガトロンの「中国を刺激しないで,緩やかにフレンド・ショアリングや「China+1」の要請に対応する」という,新しい選択の結果と見ている。

 このように地経学のリスクの中で,台湾企業も緩やかに「China+1」や脱アップルの動きを示すようになった。ペガトロンはベトナムに進出したあと,マイクロソフトとAlphabet(Googleの親会社)からAIサーバーの製造委託を受けることができた。中国の工場(昆山世碩電子など)を使うよりも地経学のリスクを受けないで済むことがその背景にあろう。

 アップルが中国で製造委託している事案は,「MRメガネ」でペガトロンからルクスシェアに,パソコンの「MacBook」は広達電脳(クアンタ)と鴻海(中国法人名称は富士康)から聞泰科技(ウイングテック)に,「iPad」は仁寶電腦(コンパル)から比亜迪(BYD)に,「アップルウォッチ」と「エアーポッズ」は,英業達(インベンテック)とクアンタからルクスシェアと歌爾声学(ゴアテック)と言った“赤いサプライチェーン”に移るようになった。

 台湾の大手EMS各社の売上高に占める「アップル・サプライチェーン」の比重は,ペガトロン(60.6%),クアンタ(55.6%),鴻海(富士康,50.2%),ウィストロン(19%),インベンテック(3.7%)までに減少しているが,完全な「脱アップル」には至っていない。

 以上,本稿では,台湾企業の独壇場であった「アップル・サプライチェーン」が,フレンド・ショアリングの要請に応えた台湾企業が,ベトナムやインドなどに製造拠点を移し,同時に中国の製造拠点を“赤いサプライチェーン”に売却することで,“赤いサプライチェーン”と“非中国のサプライチェーン”の差別化を進めている現状を明らかにした。

 台湾企業が中国の地方都市昆山で起こした繁栄の“奇跡”を,東南アジアやインドで再び起こすか,また,東南アジアやインドが新しい“世界の工場”に躍進するかなど,今後の展開から目を離すことができない。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3276.html)

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