世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3266
世界経済評論IMPACT No.3266

“赤いサプライチェーン”は台湾企業を代替できるのか:ブルー・オーシャンを追求する台湾企業

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.01.22

 2023年7月,台湾の緯創資通(ウィストロン)は,中国のEMS(電子機器受託製造サービス)トップと言われた立訊精密工業(ルクスシェア・プレシジョン・インダストリー)の全持ち株を売却し,55億台湾元の損失を計上した。どのような事情があったのか,本稿では企業情報を基に解説を試みる。

 ウィストロンは,もともとパソコン大手の宏碁(エイサー)の製造部門であり,設計と製造の分社化によって,2000年12月にブランド企業のエイサーとEMSのウィストロンに分けられた。他方,ルクスシェアは2004年に,世界最大のEMSである台湾企業の鴻海(ホンハイ)の中国法人「富士康」で働いていた王來春と兄の王來勝が広東深圳で創業した企業で,ビジネス戦略は鴻海を真似たことによって「小さな富士康(鴻海)」とも呼ばれていた。

 台湾ではかねてから中国のサプライチェーンを“赤いサプライチェーン(赤色供応鍵)”という言葉でメディアなどが使ってきた。米中対立が顕在化して以降,中国の製品製造・流通にかかわるサプライチェーンは警戒感をもたれ,企業の中国投資引き揚げなどの動きと相まって中国以外に供給網を構築する「非赤色供応鍵」(非中国のサプライチェーン)の動きが活発化している。こうした中,アップルのティム・クックCEOは,2016年と2023年10月にルクスシェアの工場を訪問した。同工場はApple Watchなどを製造している。アップルは台湾の鴻海,ウィストロン,華碩(エイスース)の製造部門から分社化した和碩聯合科技(ペガトロン)などのほかに,ルクスシェアなどを育成し,製造の委託コストダウンを図っている。ルクスシェアは,アップルの“赤いサプライチェーン”の中核企業である。

“赤いサプライチェーン”の台湾企業買収

 2020年7月,ルクスシェアは,33億人民元(約505億円)でウィストロン傘下の緯新資通(昆山)と緯創投資(江蘇)の2つの工場を買収した。替わりに,ウィストロンは30億人民元でルクスシェアの株0.81%を取得した。冒頭で述べたウィストロンが売却したルクスシェアの持ち株である。

 また2020年8月,“赤いサプライチェーン”のスマートフォン用ガラス製造の藍思科技(レンズ・テクノロジー)は,台湾の金属筐体製造企業である可成科技(キャッチャー・テクノロジー)傘下の中国拠点である可勝科技(泉州)と可利科技(泰州)の2社を14億3000万ドルで買収した。

 ルクスシェアは,アップルのワイヤレスイヤホン「AirPods (エアーポッズ)」の委託製造を請負ったことを皮切りに,同社の“赤いサプライチェーン”になった。2020年には,初めてiPhoneの製造を委託されている。ルクスシェアとレンズ・テクノロジーが台湾企業を買収したことは,アップルのiPhone事業に参入するための条件整備であった。ルクスシェアのこれらの買収ニュースが台湾で報じられると,台湾のサプライチェーンは“赤いサプライチェーン”に吞み込まれたのかと危惧されるようになった。また,ウィストロンは2017年,インド南部のIT産業集積地であるベンガルール近郊にiPhoneの組立工場を立ち上げていた。同工場では2020年12月に暴動が発生するなどしたが(Impact No.1989)2023年10月に,インド財閥のタタ・グループに1億2500万ドルで売却しており,ウィストロンの経営環境が悪化しているのではないかと懸念された。

ブルー・オーシャンを追求する台湾企業

 しかし,ウィストロンの経営環境の悪化は,少なくとも株価から見ると杞憂であったと言える。ルクスシェアの株を取得した2020年7月,ルクスシェアの株価は1株が53人民元であった。2020年10月には1株61.44人民元とピークに達したものの,その後の株価は漸減し,2023年7月26日には遂に1株32.01人民元と,最高値時の約半分にまで下落した。ルクスシェアのこれからの事業に期待できないと判断したウィストロンは55億台湾元の損失を蒙っても放出したというのが実情だ。

 他方,中国の2つの工場の売却とルクスシェアの持ち株を取得した2020年7月のウィストロンの株価は,1株約30台湾ドルであった。2023年7月には1株156.50台湾ドルと約5倍にまで上昇した。これは,同社がより付加価値の高い生成AI関連製品のAIサーバー(クライアントと呼ばれるコンピュータ),電気自動車(EV)の充電スタンド(地上設置型の充電装置)に事業転換したことによるものである。要するに,ウィストロンはアップルの“赤いサプライチェーン”における熾烈な価格競争による「レッド・オーシャン」から,独自技術で高付加価値を追求する「ブルー・オーシャン」へ転換できた訳である。

ウィストロン傘下の緯穎科技(Wiwynn)はNvidiaから生成AI向けのAIサーバーの「H100」の生産を受託,台湾の3つの工場の建設拡大を行い,メキシコ工場も2024年1~4月期に生産が開始する。

 ルクスシェア以外の“赤いサプライチェーン”についても考察してみよう。筐体を製造するレンズ・テクノロジーが,台湾のキャッチャー・テクノロジーが中国に設けた2つ企業を買収した時,株価は1株約50人民元であったが,2023年7月26日の時点では12.07人民元と,僅か4分の1以下にまで下落した。また,著名な“赤いサプライチェーン”の歌爾声学の2021年12月の株価は1株58.43人民元であったが2022年2月には43.79人民元に下落した。

 次に鴻海(富士康)がiPhoneの製造委託を受けた際,金属筐体製造を担当する傘下の「鴻準精密工業」と,ルクスシェアが受託した場合のレンズ・テクノロジーなどの筐体製造企業の市場シェアを見てみよう(出所:モルガン・スタンレー)。

 2018年から2022年の鴻準精密工業の市場シェアは73%,64%,60%,73%,67%であるのに対し,キャッチャー・テクノロジーは21%,26%,23%,(レンズ・テクノロジーの買収後は)6%,13%,ケーステック・ホールディングスは2018年から22年まで実績がなく,ルクスシェアの買収後の22年は6%,その他(米国のジェイビル(Jabil)を含む)は5%,9%,17%,19%,16%のようになっている。

 2022年の“赤いサプライチェーン”企業のレンズ・テクノロジーとルクスシェアの買収後の市場シェアの合計はわずか19%であり,買収前のキャッチャー・テクノロジーの2020年の市場シェアの23%にも及ばない。

 鴻準精密工業のスマートフォン筐体製造の強みは,①ステンレスの価格で主導的地位を確保,②筐体表面のアルマイト(陽極酸化処理)技術に優れている,③筐体加工処理の良品率が高い,④早くからアルミやステンレスの基礎材料に研究費を投入し,コンピュータ数値制御(CNC)工作機械は1万台以上を保有。規模の経済効果を発揮し,ライバルのキャッチャー・テクノロジー,米国のジェイビルを凌駕し,iPhone の筐体の6割以上の市場シェアを保持している。

 これまで台湾企業がスマートフォンの受託製造で指導的な地位を保てている理由は,筐体産業で多額(数百億円から数千億円)の資本を継続し投下,CNC工作機械を数千台単位で新規取得していること。また,長期間に亘る技術の累積がなされている点である。

 鴻海の劉揚偉会長は「製品1つを作ることは簡単であるが,1000個を作ると話は別だ。1000万個作るのはさらに別の次元の難易度がある。今後私たちのライバルは,これらの困難を経験するようになる」と指摘した。TSMCの創業者の張忠謀(モリス・チャン)は「台湾企業が最も優れているのは良品率である。世界最大規模の製造を担う台湾企業の地位を代替することは難しい」と述べた。

 アップルの最も高価なスマートフォンであるiPhone13 Pro MaxとiPhone14 Pro Maxの国別で稼得金額比を見ると(出所:Nikkei Research),米国が22.6%と32.4%,韓国が30.4%と24.8%,日本が14.5%と10.9%,台湾が8.4%と7.2%,中国が4.5%と3.8%,その他が19.6%と20.9%である。米国一国が独り勝ちで,日韓台中のいずれも分け前が減少していることがわかる。これもウィストロンが,脱“アップルサプライチェーン”の路線に転換したことの要因であろう。

[参考文献]
  • 朝元照雄『台湾企業の発展戦略』勁草書房,2016年,第4章「エイサー(宏碁)」。
  • 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第3章「鴻海(ホンハイ)の企業戦略」。
  • 朝元照雄「インドへの海外直接投資のリスク:緯創資通(ウィストロン)のケース」世界経済評論Impact No.1989,2020年12月21日。
  • W・チャン・キム ,レネ・モボルニュ著(入山章栄・有賀裕子訳)『[新版]ブルー・オーシャン戦略』ダイヤモンド社,2015年。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3266.html)

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