世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中央経済工作会議に見る来年の中国経済
(多摩大学 客員教授)
2023.12.25
12月11日から12日にかけて,習近平国家主席主宰のもとで中央経済工作会議が開催された。党中央委員が出席し2023年の経済状況を総括し,その内容は今年3月に開催される全人代での政府工作報告に反映される。
会議後に公表された会議報告書を見ると,今年は第二十回全国代表会議で決議された諸々の事項を実践に移した最初の年であり,かつ3年間に及んだコロナ禍から正常状態へ移行した最初の年でもあると位置づけられている。その成果は,「外圧に耐え,内政問題を克服し,改革開放を全面的に深化させ,マクロ経済の規制と統制を強化し,内需の拡大,構造の最適化,信頼の向上,リスクの予防と解決に重点を置いた」ものであり,その結果,「中国経済は好転し,質の高い発展を堅持した」とされている。
その一方,今の中国が抱える経済問題も吐露されている。例年になく率直な内容だ。すなわち,「有効需要の不足,一部の産業の過剰生産能力,社会的期待の弱さ,多くの隠れたリスク」など,いくつかの困難や課題を克服する必要があるというのだ。有効需要の不足とは,消費の伸びが期待されたほどではなく,むしろ節約モードが高まっていることを指している。一部の産業の過剰生産能力とは,太陽光発電機器,EV,バッテリーといった「新三種」産業を指す。社会的期待の弱さとは,2020年以降相次いで実施された巨大プラットフォーマーに対する規制強化により高まった,デジタル経済に関与する企業家や投資家の先行きに対する不安を意識したものだろう。そして多くの隠れたリスクとは,不動産開発業界の不良債権問題に加え,それを上回る65兆元とも言われる地方政府融資平台の「隠性」債務による潜在的なシステミックリスクである。
公開された会議内容で使用されたキイワードはいくつかあるが,最も多かったのが「発展」であるが,頻度が大きく高まったのが「高質量」と「安全保障」だった。注目すべきは「安全保障」というキイワードがこれまで頻度上位にあった「改革」に迫る頻度になっていることだ。それだけ中米・中欧との関係の緊張,一方では中露関係の緊密化を意識しているのだろう。ちなみに,中露貿易額は目標の1年前倒しで今年2千億ドルを超えた。中国からのロシア向け自動車輸出は60万台を超え最大の輸出先となった。これらの決裁はルーブルないし人民元で行われている。
中国のエコノミスト達はこれらのキイワードを踏まえ,報告全文を「以進促穏・先立后破」という8文字で表現している。つまり,発展と安全保障を促進することにより,経済・社会の安定化を図ること,そして様々なリスク要因に対し外科的手法でこれを抑制するのではなく,まずは,経済成長を促進するための施策を取り,その中で不良債権や過剰生産能力といった問題を一定の時間をかけて処理してゆくということだ。「Scrap&Build」ではなく「Build, then, scrap」というわけだ。発展なくして安定なしという戦略ともいえる。
筆者は,上記の8文字を三文字で表現したい。すなわち「冷・熱・緊」である。まず「冷」。消費の伸びは1−11月で7.2%だったが,外食と自動車購入を除いた消費は5.6%と今ひとつである。化粧品は4.7%の伸びにとどまっている。住宅購入の減少を反映してか,家電の伸びは0.6%,家具2.8%,内装用の建築材料はマイナス7.8%と振るわない。外食の伸びは19.4%と高い伸びを見せているものの,客単価50元程度の軽食に対する需要の急増に支えられたものだ。いずれも消費者の節約志向の強さを感じさせるものといえる。また民間投資が1−11月でマイナス0.5%と低迷し,輸出が前年を割り込む月が続いている。
次に「熱」。自動車(商用車と乗用車)の生産台数は3千万台を超え過去最高を更新する見通しだ。自動車の輸出は400万台を突破し日本を抜いて世界トップとなった。新車販売に占める新エネルギー車のシェアは40%に迫る。さらに,半導体産業では,華為と中芯国際が米国の制裁措置をものともせず,ついに7nMの半導体の自主開発に成功した,車載バッテリーの生産も急ピッチで拡大している。コロナ禍の3年間,先進国経済が「巣籠」状態に陥った中,新エネルギー車,バッテリー,再生可能エネルギー関連機器・設備といったいわゆる「新三種」産業はそれをものともせずに開発,生産投資にまい進した結果だ。これらの業主に対する中央政府の支援とこれを誘因とした投資資金の流入,さらには各省による新三種産業の誘致合戦も熱を帯びている。ただ,これにより,中央経済工作会議でも指摘された生産能力過剰問題も浮上している。今年の新エネルギー車の販売台数はおよそ800万台に達する見込みだが,生産能力はその倍近い1,500万台に上る。バッテリーの生産能力は実需の3倍に達しているとも言われる。
最後に「緊」。不動産開発業界の不良債権問題は峠を越しつつあるが,地方政府の「隠性」債務問題への取り組みはこれからである。これは地方財政の緊迫度をさらに高め,「隠性」債務の資金の出し手となっている地方銀行の経営を圧迫する可能性がある。10月に開催された金融工作会議の報告書において最も多く使われたキイワードが「監督・管理」であり,次が「風険(リスク)」だった。対外情勢も余談を許さない。11月16日にサンフランシスコで開催された米中首脳会談を機に,米中関係は対話路線にシフトしつつあり,軍高官の交流も再開された。2022年以来中国軍機による米軍および米同盟国の軍用機を標的とした「あおり飛行」や「危険飛行」はそれぞれ180回,100回に上ったが,11月16日以降はぴたりと止まったという。しかし,ウクライナ戦争が終息する見込みはまだ立っていないうえ,中東ではイスラエル・ハマス戦争が多数のパレスチナ民間人の犠牲を出しつつ激化の一途をたどっている。来年1月の台湾総統選挙,6月のEU議会選挙,そして11月には米大統領選が控えている。EUや米国内の政治的な相克はますます緊張の度合いを高めているように見える。
中国の今年のGDP成長率は5%台となることはほぼ間違いない。弱含みとはいえ,消費は第4四半期に入って回復の兆しを見せつつある。11月の消費の伸びは前年同月比10.1%の伸びとなった。電力消費の伸びは同じく11.6%の伸びである。「冷・熱・緊」がないまぜとなっている中国経済は,「冷」は徐々に「温」になりつつある一方,「熱」は不安定さをもたらし,「緊」は不確実性を高めている。2023年の成長率は,ゼロコロナ政策によって落ち込んだ2022年の成長率をベースとしたものであることを勘案すれば,来年の成長率は4%台後半,「冷→温」が進み,「熱」の不安定が制御されれば5%台前半もあり得るのではないかと思う。
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