世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3238
世界経済評論IMPACT No.3238

米国の利下げの条件

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.12.25

6月からFOMC2回に1回の利下げの想定

 12月12,13日発表の米FOMCでは金融政策の変更は見送られて利上げ打ち止めが確実となった。金融市場では利下げの開始時期とペースに関心が集まっている。FOMC参加者の経済見通しでは,来年に0.8%,2025年に1%の利下げが予想されている。来年6月から利下げが始まり,FOMC2回に1回,0.25%ずつというペースで利下げする想定と解釈できそうだ。

 ただ,利下げのタイミングもペースも,景気・物価次第である。FOMC参加者見通しは,失業率が11月の3.7%から来年末に4.1%に上昇した後,横這いとなり,個人消費支出価格指数の前年同月比上昇率は現在の3%台から徐々に低下して2026年に2%になるとしている。これは,客観的予想というより,物価安定と最大雇用というFedのデュアル・マンデート(二重の責務)の実現という目標を示したものと言えるだろう。その点から見れば,失業率が4%を超えることが利下げ開始の条件となりそうだ。失業率が4%をわずかに超えた状態のままでインフレ率が継続的に下がれば,FOMC参加者が想定しているような緩やかな利下げが続くだろう。一方,失業率の上昇に歯止めがかからなければ,利下げペースが速まるだろう。

デュアル・マンデート実現は歴史的にまれ

 問題は,そうした4%程度の失業率と2%程度のインフレ率という理想的な組み合わせが実現したのは,歴史的にはまれだということだ。失業率が4.5%以下,エネルギー,食品を除く個人消費支出価格指数の前年同月比上昇率が2.5%以下に同時になったのは,1998年1月以降の311か月の内,81か月に留まる。1970年から1997年の間は1か月もない。また,こうした概ね理想の状は,一旦失業率が大きく上昇した後,インフレ圧力が低下し,景気回復が続いたことでようやく実現したという経緯をたどっている。昨年初めからこれまで,景気が大幅に悪化せずにインフレ率が低下してきたのは,金融引締めの効果というより,コロナ禍やウクライナ戦争等で高まった供給制約が解消されたのと,コロナ禍初期の巣ごもりによる需要増大などで耐久消費財の価格が一時急騰した後,売れ行きが落ちて価格が反落したことが主因と考えられる。今後も失業率が大幅に上昇しないままでインフレ率が継続的に下がるかは定かでない。

長短実質金利の上昇

 これまでのインフレ率の低下の一方,名目金利が高止まっていることで,実質金利は長期も短期も大きく上昇している。足元の翌日物フェデラルファンド実効金利は,直近のエネルギー,食品を除く個人消費支出価格指数の前年同月比上昇率を1.8%以上上回っている。今年初めには0.5%以上下回っていた。長期の実質金利の指標である残存10年超のインフレ連動債の平均利回りは,一時よりやや下がったとはいえ2%程度であり,1.5%程度だった年初より高い。実質金利が上昇したことで,金融引締めの景気への影響はこれから大きくなりそうだ。さらに,これまで景気を支えてきた財政刺激策の効果も,次第に薄れるだろう。

 利下げ開始の時期は現在金融市場が織り込んでいる来年3月より遅れるかもしれないが,景気が悪化して失業率がFedの予想以上に大幅に上昇することで,利下げペースが次第に加速する可能性が高いのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3238.html)

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