世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界的に収束に向かうインフレ
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.12.18
消費者物価インフレ率は日>米>欧>中
12月9日発表の中国の11月分消費者物価指数は前年同月比−0.5%と,事前の市場予想よりも大幅なマイナスとなり,デフレの深まりを示した。一時急上昇した米国やユーロ圏のインフレ率も,この1年で大きく低下した。米国の消費者物価前年同月比上昇率は,昨年11月の+7.1%から今年11月には+3.1%まで下がり,ユーロ圏でも同時期に+10.0%から+2.4%まで低下した。米国では景気はまだ決定的に悪化しておらず,当面インフレ率は下がりにくくなる可能性はあるが,世界的に見れば,インフレは収束に向かっていることは事実だろう。
一方,日本の10月分消費者物価指数は前年同月比+3.3%と,10月時点の比較では,+3.2%の米国,+2.9%のユーロ圏,−0.2%の中国を上回った。政府のエネルギー価格抑制策の影響を除けば,実体的には+4%程度の上昇であると見られる。
政策金利は米>欧>中>日
これまで,米国やユーロ圏ではインフレ抑制のために政策金利が大幅に引き上げられてきた。米FRBが政策金利とするフェデラル・ファンド金利の目標レンジは,昨年3月までの0~0.25%から5.25~5.5%まで上昇した。ECBが政策金利とする主要リファイナンス金利は,昨年7月までの0%から4.5%まで引き上げられた。一方,中国ではコロナ禍前から続いていた不動産を中心に不良債権,過剰投資の問題が一段と深刻化し,金融政策はむしろ緩和方向にあった。ただ,急激に金融を緩和すると資本流出が拡大する懸念があるため利下げは緩やかなものに留まっている。政策金利である1年物のローン・プライム・レートは3.45%と,消費者物価インフレ率がマイナスになっていることと対比すればかなり高い水準にある。
これに対し,日本ではこれまでイールドカーブ・コントロール政策の修正などの動きはあったものの,政策金利である無担コール金利は小幅マイナスの状態がコロナ禍以前から続いてきた。結果的に,米国,ユーロ圏,中国よりインフレ率が高いのに,政策金利ははるかに低いという奇妙な状況になっている。
川上の物価上昇圧力は減退
日本の基調的インフレ率の指標である消費者物価加重中央値の前年同月比上昇率は,昨年前半までずっと概ね+0.5%以下で推移していたものが,今年10月には+2.2%まで高まり,インフレは一部品目の価格上昇に偏らない全般的なものとなってきたようだ。物価上昇のノルム(社会規範,通念)が変わってきたとも言える。金融緩和解除に慎重だった日銀の姿勢にも変化の兆しが現れているようだ。12月18,19日開催の金融政策決定会合ではマイナス金利の解除などの政策変更の可能性も取りざたされている。
ただ,先に述べた世界的なインフレ収束の影響は,日本にも及びつつある。国際商品価格の下落などを受けて,国内企業物価の上昇率は急速に低下している。昨年12月には前年同月比+10.6%と大幅に上昇していたものが,12月12日発表の11月分では同+0.3%まで下がった。米国やユーロ圏で利上げ打ち止めがほぼ確実となり,来年には利下げ開始が予想される中で日銀が金融緩和解除を進めれば,円高に転じる可能性がある。そうなれば,国内企業物価が示す川上の物価上昇圧力はさらに減退するだろう。それが川下にも波及することで消費者物価インフレ率も早晩低下に転じることが予想される。日銀が目標としてきた持続的な2%インフレの実現が,あと一歩の所で頓挫しかねない。
そうだとすれば,日銀は金融緩和解除を急ぐべきではないのだろうか。ただ,原材料,エネルギーなどの川上の物価低下によってインフレ率が下がることは,現在の日本経済にとってむしろ望ましいことではないか。特に介護,医療,保育,教育など社会的にニーズが高く,人手不足に苦しみながら,制度上,価格や賃金の大幅引き上げが困難な分野に人やお金を集める上では,インフレ率は下がった方が良いと考えられる。また,インフレ率や海外の収容国・地域の金利と比べて大幅に低い金利水準をいつまでも続けることは,資源の効率的配分を損なうのではないだろうか。
日銀は,インフレ目標の実現よりも,日本の経済,社会にとって,どのような姿が本当に望ましいのかを考え直すべきタイミングを迎えているのかもしれない。
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