世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3206
世界経済評論IMPACT No.3206

中国の少子化に歯止めの兆し:進む総合的な少子高齢化対策

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.11.27

 民政部が11月に公表した統計によれば,今年1-9月の婚姻件数が約6百万件に達したという。通年では7百万件を超えるのは確実である。婚姻件数は2013年1,347万件と過去最高になった後,減少傾向が続き,昨年はゼロコロナ政策の影響もあって683万件まで落ち込んだ。婚姻件数の反転上昇はコロナ禍の反動で,一時的との見方もできるかもしれない。しかし,一方で様々な少子化対策が徐々に効果を上げていると見ることもできる。

 2022年,中国の出生者数が初めて死者数を下回り,人口は純減に転じた。出生率低下傾向はそれ以前から見られていたことから,政府2016年には一人っ子政策を廃止し,現在では三人目の出産が奨励されている。しかし,30年以上続いた一人っ子政策の影響は社会に深く浸透している。ましてやコロナ禍による収入減や,不動産不況の中で,生活の先行きにも不安を抱く国民は少なくない。11月の双11節大バーゲンでも,消費者の節約志向が如実に現れている。生活雑貨・食品で最も売り上げを伸ばしているのがインスタントラーメンであり,飲食店でも客単価50元以下の「小吃店」が繁盛していることからもこの傾向が伺われる。いかに政府が出産を奨励し,子育て支援金が支給されるからといって,国民が一斉に子づくりに励むわけではない。

 とはいえ,経済予測の中で最も正確であり早期の対策を打つことができるのが人口動態である。中国の場合,長期的な視野に基づき,この問題に取り組んできた。

 まず,少子化対策から見ると,①三人子の推奨とそのための報奨金を支給,②子育て支援(出生後3年間に渡って年間数千元を支給),③子育て世代への優先的な住宅提供(不動産不況対策も兼ねる),④税制上の優遇措置(個人負担社会保険の減額),⑤結婚手続きの簡素化~出生地での婚姻登記が不要となる,⑥「机器換人」の推進(生産・流通など様々な場面での自動化を推進),⑦子づくり,子育てしやすい社会環境の整備(農民工を「新市民」として遇する。社区内での子育て支援体制の構築など)といった政策が地方政府レベルで実施相次いで実施されるようになっている。企業自らが子育て支援金を支給する動きも出てきた。

 また,「996(朝の九時から夜の九時まで週六日勤務)」は違法とされた。若いホワイトカラーの過酷な就労環境が結婚や子づくりを阻害するという判断もあったのだろう。さらに子女の教育費用負担を軽減するため,塾産業は原則禁止とされた。一流校の入試合格を請け負うなど親の弱みに付け込み,高額の授業料を要求する悪質な塾が多かったという事情もある。大都市では「ゆとり教育」や情操教育が重視されるようになった。

 こうした動きを踏まえ,国務院は8月末に「一老一小(老いも若きも)」政策を交付した。子育て支援金などは地方の所得水準が異なるので一律には決められないことから,税制面でこれを支援するのが目的である。すなわち,①三歳以下の子供を持つ家庭の所得税控除額を月千元から2千元に引き上げる,②義務教育課程にある子女を持つ家庭の所得税控除額を同じく月千元から2千元に引き上げる,③高齢者を扶養する家庭の所得について最大3千元を控除する。二人以上の子女が親を扶養する場合は,一人あたり最大1,500元を控除する,というものだ。

 そこで高齢化対策についてみると,「90・7・3(高齢者の9割が自活でき,7%が介護支援必要者,3%が完全介護必要者)」をベースに,党機構の末端組織である社区が主体となって,高齢者の見守り,食事提供サービスがすでに開始されている。上海市では社区の近くに高齢者向けの低価格食堂も相次いで運営されるようになった。成都市は,「15分圏構想」を打ち出し,社区から徒歩十五分以内に,公園,コンビニ,理髪店など生活に必要な施設を整備する計画を進めている。また民生部は,11月,従来の全国老齢工作委員会弁公室を老齢司に格上げしている。国も高齢者支援に本腰を入れたかたちだ。

 少子高齢化対策を現場で担っているのが上記の社区組織である。一人っ子政策が実施されていた時代は,社区が担当区域内の住民の妊娠状況を把握し,二人目を出産するか(その場合,相応の罰金を支払わねばならない)人工中絶に踏み切るか相談に乗っていたが,今や,子育て支援と高齢者の生活支援の拠点となっているわけだ。10月,筆者の知人が北京市内の社区事務所を訪問したが,所内には高齢者の生活支援や子育て支援のマニュアルが,「一老一小」のスローガンとともに壁に貼りだされており,相当な「本気度」を感じたという。

 無論,少子高齢化対策が,速やかに成果を生み出すわけではないことは,党・政府も十分承知している。都市部の労働力を確保するために,農村部から都市部への人口移動も促進されている。そのために,低価格の住宅「保障房」の整備も進められている。農民工が多く住む「城中村」は各都市に存在しているが,この再開発も始動している。これは不動産不況対策にもなっている。中国の人口は純減しているものの,広西,寧夏,海南など八省では純増が続いている。広東省,浙江省などでは他省からの人口流入が続いており,人口は純増を維持している。中国全体が急速な人口減に向かっているわけではない。

 都市化の推進に歩調を合わせる格好で,農村戸籍から都市戸籍への転換も容易になっている。2019年以降,人口300万人未満の都市では,申請すれば無条件でその都市の戸籍が首取得できるようになった。人口500万人以上の大都市でも,居住期間が5年以上であったり,あるいは大卒の場合といった一定条件をクリアすればその都市の戸籍が取得できる。都市戸籍を持つ住民と農村戸籍の住民では年金を含めた社会福祉の内容に大きな格差があるので,3億人に上る農民工にとってこの施策は大きな恩恵だろう。

 また,退職年齢の引き上げも検討されている。中国の退職年齢は男性が60歳,女性が50歳(管理職の場合55歳)だが,これを漸進的に延長していくわけだ。また,農村部から都市部への人口流入の促進も労働力確保につながる。何もしない場合,中国の労働人口は2030年までに6千万人減少するが,これらの施策を実施すれば,逆に1億人程度労働人口が増えるとの試算もある。また,中国の労働生産性は日本や韓国の三分の一のレベルであり,まだまだ向上の余地はある。生産性向上のカギは自動化,省力化であり,2010年頃から急速に進んでいる中国経済のデジタル化がこれを後押ししている。

 少子高齢化対策は,経済支援に留まらず就労環境,地域の取り組み,税・財政面での支援,教育など多岐にわたる総合的な経済・社会政策でもある。国務院がリーダーシップを発揮し,民政部,教育部,財政部,さらには工業信息部を巻き込み,党の末端組織である社区委員会が実働部隊として活動するという中国独自の「群がり総合対策」は,今後相応の成果を上げてゆくのではないかと思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3206.html)

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