世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3201
世界経済評論IMPACT No.3201

民主主義対専制主義:バイデン大統領の二項対立論

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.11.27

 バイデン大統領は政権発足当初から,世界は民主主義と専制(独裁)主義との戦いのただなかにあるとし,世界を民主主義対専制主義という二項対立の枠組みでとらえてきた(注1)。この二項対立の発言回数は,オンラインデーターベースFactba.seによると,大統領就任1年目の2021年は少なくとも12回,ウクライナ戦争の勃発によって民主主義諸国と専制主義国ロシアとの戦いが始まった就任2年目の2022年はその2倍に増えた。しかし,3年目の今年の発言回数は大幅に減っているという(注2)。

 具体的にみてみよう。バイデン大統領は2022年9月の国連総会演説でロシアのウクライナ侵略を激しく非難し,民主主義対専制主義の争いの中で,民主主義を推進する米国の責務を訴えた。しかし,2023年の演説ではウクライナ支援を表明しながらも,2022年演説とは打って変わって,二項対立論には触れず,専制主義とか専制主義者という言葉も一切使わなかった。

 一方,バイデン大統領が始めた「民主主義サミット」では,2021年12月の第1回会議で「世界の自由度(民主主義度)は連続15年低下している」とのFreedom House(注3)の年次報告を引用し,民主主義制度を維持,強化するには,民主主義諸国の協力と不断の努力が必要だとする穏やかな内容であった。しかし,ウクライナ戦争が勃発して1年後の2023年3月の第2回会議(オンライン)では,同年2月の一般教書演説と同様に,バイデン大統領は「世界の民主主義国は益々強くなっているが,専制主義国は益々弱くなっている」と述べ,専制主義に対して,民主主義の優位性を強調した。なお第3回民主主義サミットの日程は未定だが,韓国の主催で行わることがすでに決まっている。

米国は民主主義度の低い国へも関係を拡大

 上述のように,バイデン大統領の今年9月の国連総会演説を,その半年前の2023年2月の一般教書演説および同年3月の民主主義サミット演説と比べると,明らかに二項対立論は後退している。これは,上記の注1,注2の記事が指摘しているように,バイデン大統領および政権当局者らが単純な白か黒かの二項対立論にはマイナス面も伴うと考えるようになったからだといわれる。

 確かに,レオンハート記者が指摘するように(注2の記事),民主主義対専制主義という二項対立論は,西欧のウクライナ支援,日本や韓国の対中対抗姿勢の強化には役立った。しかし,ASEAN諸国のように対中貿易依存度が高く,米中のどちらか一方だけを選択できない国を困らせ,米国が民主主義国だけを歓迎すれば,米国の同盟関係は縮小してしまう。これは,ハドソン研究所の外交問題専門家で大学教授のウォルター・ラッセル・ミードが「バイデン政権の二項対立論は戦略として欠陥がある」と指摘しているとおりである(注4)。

 こうした点を考慮してか,バイデン大統領はこの1年間,伝統や背景が異なり,民主主義度の高くない国々との関係強化に努めてきた。その象徴がインドであろう。ロシアとの友好関係を維持し,ヒンドゥー至上主義を重視するインドを,中国を視野に入れた戦略的協力関係のQuadやFOIP(自由で開かれたインド太平洋)に参加させ,ナレンドラ・モディ首相を今年6月,国賓として米国に招待した。今年,米国がインド以前に国賓として招待した国はフランスと韓国の二ヵ国だけで,フリーダム・ハウスによるインドの民主主義度(以下,FH度)は71である(注3参照)。

 また,バイデン大統領はフィリピン(FH度59)のマルコス大統領を5月ホワイトハウスに歓迎し,ポーランド(同84)を2~3月に2回訪問し,9月の国連総会の直前には一党独裁のベトナムを初めて訪問した。ベトナムのFH度は20でロシア並みである。さらにバイデン大統領は人権問題で物議を醸しているサウジアラビア(同7)を2022年7月訪問してサルマン皇太子と会談し,両国間の安全保障条約締結のため,今年5月以降ホワイトハウスと国務省の関係者が頻繁に同国に出かけている(注5)。

 11月15日,バイデン大統領は4時間に及んだ米中首脳会談後の記者会見で,記者から「この6月と同じように中国の習近平国家主席を独裁者(a dictator)と呼ぶのか」と聞かれ,「米国とは全く異なる政治体系に基づく共産主義国を統治している意味では,独裁者だ」と答えた。上述のとおり,米国の現実の外交では二項対立論は影を潜めているようにみえるが,バイデン大統領自身の認識の枠組みには変化がないようだ。

[注]
  • (1)ニューヨークタイムズ(NYT)のワシントン首席特派員Peter Bakerの2023年7月25日付記事 “Biden Takes His Battle for Democracy Case by Case ”による。
  • (2)David Leonhardtの2023年9月20日付NYT記事 “A Subtle Change for Biden.”。なお,Factba.seはバイデン大統領とトランプ前大統領のツイート,発言,政策を事実ベースで報告している。http://factba.se/biden/http://factba.se/trump/
  • (3)Freedom Houseは民主主義を推進する米国の非政府組織。1973年以降,年次報告書Freedom in the Worldで選挙制度,政府機能,表現の自由等を基準に195ヵ国・15地域の自由(民主主義)度(本文中ではFH度)を発表している。2023年の自由度は日本96,米国86,韓国83,イスラエル76,ロシア20,中国10など。世界の自由度は2023年の報告で連続17年の低下となった。米国の自由度はトランプ前大統領が主導した議事堂襲撃事件等で近年低下している。
  • (4)Walter Russell Mead, The Cost of Biden’s ‘Democracy’ Fixation. The Wall Street Journal, April 3, 2023.筆者はWSJを購読していないため全文は読んでいない。
  • (5)Biden Aides and Saudis Explore Defense Treaty Modeled After Asian Pacts. NYT, Sept. 19, 2023.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3201.html)

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