世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3190
世界経済評論IMPACT No.3190

半導体AI関連の対中規制強化:NVIDIAのA800,N800などが規制対象に拡大

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.11.20

NVIDIAのA800,N800などが規制対象

 華為科技は7nm(ナノメートル)チップ「kirin9000S」をMeta60 Proに搭載し発売したことで,「Meta60 Proショック」を引き起こした。米国は,中国が7nmチップを国産化したことを脅威と捉え,対中規制の一段の強化に乗り出した。

 米国商務省産業安全保障局(BIS)は,10月17日,400ページ超にのぼる内容を盛り込んだ先端AIチップの対中規制を発表した。NVIDIA(エヌビディア)は最先端の人工知能(AI)向けGPU(画像演算処理装置)のA100やN100が規制対象とされたことから,規制ギリギリで中国の顧客に対し提供可能なA800やN800を開発した。しかし,今回の規制ではA800,N800,L40SやL40のほか,ゲームカードのGeForce RTX4090も規制の対象となった。理由はGeForce RTX4090は超高性能なゲーミング向けであるが,AIにも転用できるためだ。BISの説明によると,ゲームに限り使うと証明できれば輸出が認められるという。

 NVIDIAだけでなく,AMDのMI250,MI300,インテルのGaudi2も同じく規制の対象になった。7月にインテルのパット・ゲルシンガーCEOが中国にGaudi2のセールスを掛け好評であったが規制の対象になってしまった。これまでの慣例では,新たな規制は施行まで1カ月の猶予期間を設けていたが,今回は異例の発表即日の施行になった。

 10月31日,仏国際放送局RFI(中国語版サイト)は,米政府による新たな半導体輸出規制の影響により,NVIDIAが中国企業(アリババ・グループ,TikTokを運営するバイトダンス,バイドゥ(百度)を含む中国のAI,クラウドコンピューティング大手企業)から取り付けていた50億ドル(約7600億円)以上のAIチップ受注が水の泡になったと報じた。11月15日,NVIDAはH100改良の対中バージョンとして,新たに「HGX H20」,「L20 PCIe」,「L2 PCIe」を開発し,米国政府が制定した規制ラインをクリアしたと言う。

 他方,あるメディアによると,NVIDIAの規制対象のGPUを中国に密輸入する運び屋に対して7万人民元(約145万円)が支払われ,タイの山道経由で中国に持ち込む場合には別途7万人民元が支払われると報じている。米国は第3国経由で中国にAIチップを持ち込ませないようにするため,ロシア,イラン,ベトナム,中近東諸国など40数カ国を規制対象国のリストに入れた。米国がこれらの国を経由した中国への流入に強い警戒感をもっていることが明らかとなった。また,発表即日施行としたことからも,米国政府がこの規制を非常に重視していることがわかる。

 一方,米国は中国のGPU関連企業13社を新たな輸出管理規則に基づく禁輸措置対象のエンティティー・リストに加え発表した。壁仞科技(Birentech)およびその子会社の計7社,摩爾線程(Moore Threads)関連の3社などが含まれる。ファブレス企業の壁仞科技と摩爾線程は7nmのチップを設計し,NVIDIAの生成AI向けのA100に匹敵するチップを開発したという。そのために,これらの企業がエンティティー・リストに加えられた。要するに,米国商務省からの許可がない限り,TSMCやサムスンに製造を委託することはできなくなった。米国は今回の規制を通じ,壁仞科技や摩爾線程などの能力を削ぐことを意図していると言えよう。

 華為は中国のAIの重要な担い手である。華為が開発したAI向け7nmチップ「昇騰(Ascend)910B」の機能は,NVIDIAのA100の処理能力からは18%程度劣るものの,実力に大きな遜色はないと言われるようになった。2020年に対中制裁がまだ実施されていない時期に,華為傘下のハイシリコン(海思)がTSMCに委託した7nm Plusチップは「昇騰910」に採用されたようである。同チップは,スマートフォン用のチップとは異なり,まだ在庫が残っていると考えられる。また,7nmチップは中芯国際(SMIC)が供給でき,HBM(High Bandwidth Memory)の開発も積極的に行われている。ちなみに,AI向けGPUチップの市場シェアは,NVIDIAの85%に対し,華為10%,百度2%,寒武紀(カンブリコン)1%などとなっている。対中規制により,中国市場では華為がNVIDIAに替わるAI向けGPUチップの供給元となることが考えられる。

 今回の対中輸出規制によって,ASMLの深紫外光露光装置(DUV)NXT1980Diも規制対象になると同社のピーター・ウェニンク(Peter Wennink)CEOは述べている。中国では米国の規制を事前に予測し,施行前に半導体製造装置を大量発注し,高水準DUVの約200台の在庫を擁しているとされる。具体的に言えば,今年第3四半期のASMLの売上高の46%,米国半導体製造装置メーカーのラムリサーチ(Lam)の48%は対中輸出である。

EVが次期の対中規制の対象か

 米国のシンクタンクによると,中国政府からの多大な資金援助を受け「EV界の華為」と呼ばれる世界最大手のEV用車載電池メーカーの寧徳時代(CATL)は,米国の国家安全保障に多大のリスクをもたらすと述べた。仮にEVに爆薬が埋め込まれ,遠隔操作による爆破があれば,物的,人的な被害が起きることを理由に挙げている。寧徳時代のビジネスは主に車載バッテリーであり,国家安全保障の観点からは特にセンシティブな分野でないとされてきたが,既に中国政府は,同様な理由からテスラ車で中国のデリケートな要所に乗り入れることを禁じている。具体的に言えば,中国の指導者が地方視察をする場合,周辺の数百キロにテスラ車が進入することを禁じている。このシンクタンクでは,当然,米国政府も本件を深刻に考慮すべきとし,新たなターゲットとしてEVサプライチェーンにおける企業行動に警戒してゆくと述べている。

 しかしながら,前述のとおりEVやバッテリーは国家安全保障の観点からさほど重要視されていないことから。将来,EVやバッテリーを規制の対象とするかは現時点では不透明だ。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3190.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム