世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国連邦下院——驚くべきトランプ主義者の議長就任
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2023.11.13
米国の今の政治状況には目を覆いたくなる。直近のニューヨークタイムズ(NYT)・シエナ大学世論調査では,4つの刑事裁判で合計91件の重罪に問われているトランプ前大統領(以下,トランプ)が,2024年大統領選挙の最重要6州のうち5州でバイデン大統領を上回る支持を得ている。また,10月3日には,マッカーシー下院議長が自党共和党の強硬派8人の造反によって,米国史上初めて解任された。そして同25日,トランプが支持するマイク・ジョンソン議員(ルイジアナ州選出,現在4期目,51歳)が新議長に選出された。その間3週間,下院は立法活動を止め,議長選挙に明け暮れた。注目すべきは,この新議長である(注1)。
前例のないトランプ前大統領の選挙介入
議長候補は,多数党の無記名・非公開投票によって選ばれる。最初に選出された共和党保守本流の穏健派スティーブ・スカリース(下院共和党内の序列は議長に次ぐ第2位)は,トランプに「血液癌を患っているスカリースに議長は務まらない」と批判され,過半数票の獲得が見込めず撤退した。次に選出されたで保守強硬派のジム・ジョーダン(フリーダム・コーカス(自由議連)の共同創設者)は,トランプに支持されたが,3回の本会議投票でも過半数票が得られなかった。3番目に再び保守本流のトム・エマー(同序列第3位)が選出されたが,「エマーはRINO(Republican In Name Only,名ばかりの共和党員)でMAGA(トランプ支持勢力)を尊敬していない」とトランプに決め付けられ,極右派の反対で降板した。
結局,10月24日に第4番目の候補者となった保守派のマイク・ジョンソンが,翌日の本会議で出席議員の過半数を得て新議長に就任した(賛成:全共和党議員220人,反対:全民主党議員209人)。同じ保守派のジョーダンが落選し,ジョンソンが当選したのは,ジョーダンの強硬な主張に懸念が高まり,ジョンソンは無名だったことによるという。その無名ぶりは,スーザン・コリンズ共和党上院議員(メイン州選出)が,ジョンソンとは誰かとグーグルで検索したほどであった。
今回の下院議長選挙は,トランプ派と反トランプ派の争いではなく,「トランプ主義が制度として下院を支配している」現状(10月26日付NYT社説)を反映したものだった。もし民主党が,共和党強硬派のゲイツ議員が提出したマッカーシー議長解任動議に反対していたら,議長選挙を巡る混乱は起こらなかったはずだが,民主党は節操のないそうした行動は取らなかった。
ジョンソン新議長:熱烈なトランプ主義者
ジョンソン新議長が誕生して,隠れていた事実が掘り起こされた。結局のところ,「ジョーダンは2020年の大統領選挙結果を覆してトランプ当選を企てた共和党の表の顔。物静かなジョンソンはジョーダンの相棒役として働いた」(10月25日付NYT)という関係が明らかにされた(注2)。
ジョーダンの相棒としての活躍として,①ジョンソンは2020年12月,バイデンが勝った4州の投票が不正に行われたと主張するテキサス州の訴訟に同調者を求め,下院共和党の6割の議員の署名を集めた。②憲法弁護士として,ジョンソンは,2021年1月6日の両院合同会議で行われた大統領選挙人による投票結果を覆すための議論を主導した。③明確な証拠もなく投票機械を製造したドミニオン社の不正を訴えた(注3)。
また,ジョンソンは,2020年の1回目のトランプ弾劾裁判でトランプから弁護団に加わるよう求められ,次のように回答したことも判明した。「トランプ大統領の要請は光栄です。今回の弾劾弁護は根拠のない政治的攻撃から大統領を守ること以上に,米国の憲法秩序と民主的プロセスを防御するためのものです。(中略)我々はこの破廉恥な政治的復讐を迅速に終結させます」(ジョンソン議員の2020年1月21日付記者発表文)。
下院議長は大統領継承順位で副大統領に次ぐ地位にある。その下院議長に,2020年の大統領選挙結果を覆す工作を主導した人物が就いた。この事実に改めて注目すべきある。上述のNYT社説は,「3週間に及んだ下院議長選挙を巡る争いは終わったようだが,健全な統治と民主主義の灯台としての米国の名声に付いた傷は長く残り,深まろう」と書いている。
福音派で南部バプティスト派のジョンソン新議長は,大幅な歳出削減を主張し,政府閉鎖を防いだ「つなぎ予算案」に反対票を投じ,ウクライナ支援にも反対している。社会問題では,人工妊娠中絶を憲法上の権利として認めた1973年の最高裁判決を,2022年に最高裁が覆した決定を歓迎し,同性婚に反対し,オバマケアの撤廃なども主張している。
下院新議長の誕生は,今後の議会審議,バイデン政権の政権運営,さらに来年の大統領選挙に,大きな影響を与えることになろう。
[注]
- (1)本稿は電子版NYTおよびワシントンポストの記事と記事中の引用文献などを基に作成した。
- (2)ジョーダンとジョンソンの両者は政治活動で師弟関係(mentor,mentee)にあり,2020年には共に夫人を伴ってイスラエルを訪問し,ネタニヤフ首相にも会っている。
- (3)テキサス州の訴訟は連邦最高裁で却下され,ドミニオン社は名誉毀損訴訟に勝って8億ドルの賠償金を得た。
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