世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米経済の7-9月期高成長が示唆するもの
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.11.06
解消されていない景気過熱
7-9月期の米国実質GDPは,前期比年率換算+4.9%と,2021年10-12月期以来の高成長となった。米議会予算局が推計する潜在GDPをもとに,経済全体の需給バランスを示すGDPギャップを算出すると,7-9月期は+1.7%となり,需要超過であったことがわかる。GDPギャップは2021年10-12月期に+2.0%と2000年4-6月期以来の高水準に達した後,昨年前半のマイナス成長で一旦+0.3%まで下がった。しかし,年率1.7%程度と推計される潜在GDP成長率を,実質GDPが昨年7-9月期から5四半期連続で上回る伸びとなったことで,GDPギャップは再上昇した。今年7-9月期の水準は2021年10-12月期の水準をやや下回るものの,コロナ禍前やリーマンショック前のピークよりも高い。
また,4-6月期には前期比年率換算+1.7%に減速したGDP価格指数も,7-9月期には+3.5%に再加速した。需要超過の状態が強いことと,インフレ圧力が収まりきっていないことから見て,米国の景気過熱は解消されていないと言える。
金融引締策の一方で財政刺激策が作用
2022年3月から累計5%以上の利上げが行われ,量的引き締めも続いているのにもかかわらず,景気過熱が解消されないのは,財政拡張策の影響のようだ。コロナ禍に対する公的給付金の支給により,2020年4-6月期と2021年1-3月期に個人可処分所得は一時急増した。ただ,所得の増加分はすぐには個人消費支出に回らず,貯蓄が急増した。その後,徐々に貯蓄が取り崩されて個人消費支出は増えていった。
さらに,2023年初からの個人所得税の税率区分変更が,減税効果を持ち,個人消費支出を再度刺激したようだ。個人消費支出価格で割り引いて実質化すると,所得税控除前の個人所得は今年1-3月期には前期比年率換算+2.5%であったが,税控除後の個人可処分所得は+10.8%と急増した。実質個人消費支出は,1-3月期の+3.8%から4-6月期に+0.8%に減速したが,7-9月期には+4.0%と堅調であった。ただ,実質個人可処分所得は4-6月期の+3.5%から7-9月期には-1.0%へ鈍化しており,減税効果は薄れてきたようだ。月次統計で見ると,個人貯蓄率は昨年9,10月の3.0%から今年5月には5.3%まで上昇したが,9月には3.4%と再びかなり低い水準にまで低下した。給付金や減税で増えた貯蓄を取崩して消費支出に回す動きも終わりに近いのかもしれない。コロナ禍前には個人貯蓄率は7%程度であった。貯蓄率が上昇に転じれば,個人消費支出は大きく鈍化するだろう。
潜在成長率を大きく上回る実質金利
10月31日,11月1日開催のFOMCでは,前回9月のFOMCに続いて利上げが見送られた。ただ,今後の追加利上げの有無にかかわらず,早期に利下げに転じる公算は小さいとの見方が金融市場で強まったことで,長期金利は大きく上昇した。長期実質金利の指標であるFED発表の残存10年超インフレ連動債の平均利回りは,今年4月には1.5%以下であったものが2.5%以上まで上昇し,潜在GDP成長率を大きく上回るようになった。経済成長のトレンドを実質金利が上回るということは,金融引締めが実体的に強くなったことを示している。現在のインフレ連動債利回りの潜在GDP成長率に対する超過幅は,2001年と2008,9年の景気後退期の前後の水準に匹敵する。実質金利上昇の景気への影響はこれから強くなりそうだ。
足元の米景気は過熱状態にある一方,景気後退の接近も示唆される状況だ。これに金融・財政政策がどう対処すべきか,明確な答えはない。さらに,国際的政治情勢が不安定な上,来年には大統領選挙を控えて政治的思惑がからみ,金融・財政政策とも動きが取りにくくなるだろう。景気過熱を抑えながら景気後退を回避してソフトランディングを実現することは,もともと容易ではないが,現在はさらに難易度が増しているようだ。
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