世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
一帯一路構想10年:新たな国際社会の潮流
(多摩大学 客員教授)
2023.10.30
10月18日,北京で開催された一帯一路構想国際フォーラムには,ロシアのプーチン大統領も出席した。ウクライナ戦争においてウクライナの児童をロシア国内に移送したことを戦争犯罪と認定した国際刑事裁判所は今年3月,プーチン大統領に対し逮捕状を出しているが,中国は米国とともにこれには加盟していない。プーチン大統領が安心して訪問できる数少ない国が中国だ。3時間に及んだ習・プーチン会談では,両国関係の一層の拡充が謳われたものの,目玉のひとつである二本目の天然ガスパイプライン「シベリアの力2」建設の調印は先延ばしされた。また,会談では中露関係の常套句だった「際限のない友好関係」という言葉も使われなかった。今回のフォーラムでのプーチン大統領の扱いは「主賓」だったものの,ウクライナ戦争の首謀者であることに加え,151か国と40の国際機関が参加したこともあって,首脳会談の演出におけるデリケートなバランスが配慮されたものと言える。プーチン大統領は,決して孤絶していないことを見せつければそれでよしとしたのかもしれない。
フォーラムの開会式で習近平国家主席が行った演説は,過去10年間の一帯一路構想の成果を踏まえ,今後は,その更なる質の向上を目指すという内容だった。「小而美(小さくて美しい)」というキャッチフレーズが使われ,1000におよぶ民生分野での中小規模の支援事業の推進がコミットされた。左記のために,国家開発銀行と中国輸出入銀行は新たにそれぞれ3,500億元の融資枠を設定すると同時に,シルクロード基金も800億元増枠する。また,一帯一路参加国との貿易額は2028年までに累計32兆ドル,サービス貿易は5兆ドルまで拡大するという目標も打ち上げられた。2022年実績は貿易総額2兆ドルで,中国貿易総額の56%を占めたので,現状の3倍以上に拡大するということになる。昨年の時点で中国と一帯一路参加国との貿易総額は,非参加国(主に米欧およびその同盟国)を上回っている。そして今後の行動指針として「一帯一路八項行動」が提示された。すなわち,①立体化(陸海空の交通網の拡充),②開放推進,③実務重視,④グリーン,⑤科学技術創新,⑥民間交流促進,⑦誠実さ,⑧左記7項目を推進するための国際協力のプラットフォームの建設,である。また,このフォーラムに合わせ,製造業における外資規制の完全廃止も公表されている。
このフォーラムにおいて習近平国家主席はアルゼンチンのセルジオ・マッサ財務大臣と会談した。マッサ財務大臣は次期大統領とも目されている。中国政府は,外貨不足と激しいインフレに悩むアルゼンチンに対し65億ドルの救済融資を行うこと発表した。この資金は,IMFから受けた融資の返済資金に充当される。IMFの融資の返済に使用される通貨は,人民元を含めれば5通貨に限定されている。ドル金利の高止まりによりドル建て債務の返済負担が重荷になっている一帯一路参加国にとって,これはかなり強いインパクトを与えたのではないだろうか。
一帯一路構想10年間で中国が行った貸付や投資総額は151か国を対象に1兆ドルに上る。世界銀行によればその8~10%が焦げ付いているという。一方,中国が実施した救済融資(経常収支赤字補填,人民銀行によるスワップ協定)は2015年以降年間300億ドルを超え,累計2,400億ドルに上っている。「債務の罠」が喧伝されているが,中国政府は大規模なインフラ投資のリスクを踏まえ,その後始末を行った上で,前述のように支援・協力を「小而美」に転換したと言える。また,IMFに代わって途上国に対する「最後の貸し手」の役割も果たしつつある。
また,中国の企業家は10年間におよぶ様々な援助,直接投資,貿易関係の拡大を通じ,海外市場に関する経験・知見を積み重ね,改革開放前からあったグローバルな華人ネットワークとの再接続を果たしたのではないかと思う。さらに,153か国と締結した一帯一路構想に関わるMOUは,その交渉過程での綿密なコミュニケーションやその後の経済関係拡充と併せ,国際社会における中国の影響力と存在意義を高めたことは間違いない。
中国の課題は,こうして構築してきた国際社会の中での地位を,今後,どのように生かしてゆくかということにあると思う。一帯一路構想の一つのうたい文句が「Win/Win」の関係だった。すべてがそうではないにせよ,その目論見はある程度達成されたと見てよいだろう。また,戦後の国際秩序を構築,維持してきたアメリカそれに欧州,日本の影響力が相対的に低下する中で,これに代わるものを今後10年かけて模索し,構築してゆくことが中国にとっての課題になってくるのではないだろうか。ただ,中国経済の勢いは以前ほどではない。これまでの10年間は,中国の経済発展の勢いに乗ったものだった。今回の一帯一路フォーラムで打ち出された八項行動の原則は,グローバルサウス諸国の経済成長や民生の向上に対する支援を通じて,これらの国々の成長を自国に取り込んでゆく,といった新たなアプローチであると言える。
今回の一帯一路フォーラムは,10月7日に起こったハマスによるイスラエルに対する全面攻撃とそれに対するイスラエル側の仮借ない反撃という緊迫した国際情勢の中で行われた。イスラエル・ハマス戦争の行方はまだ見えない。ウクライナ戦争の行方もまた然り。しかし,イスラエル・ハマス戦争において米欧とその同盟国が行ったハマス批判はグローバルサウス諸国にとって,唾棄すべきダブルスタンダードに見えたことは間違いない。ウクライナに対するロシアの民間施設やインフラ破壊や児童の本国移送は戦争犯罪として糾弾されているが,イスラエルによるガザ地区への電力,水,ガスの供給停止や,無差別とも見えるミサイル攻撃もまた戦争犯罪ではないかというわけだ。今回のフォーラムは盛り上がりに欠けたという論調が少なくないが,この国際情勢下では無理もないし,プーチン大統領出席により「引いて」しまう国が出るのもやむを得ないだろう。しかし,あえて中国が肩肘を張らなくても,グローバルサウス諸国の米欧離れは,不可逆的かつ大きな潮流となっている。
9.11以後,アメリカが世界規模で実施したテロ対策やイラク,アフガン戦争のコストは,8兆ドル,犠牲者数は90万人とも言われる。一帯一路構想で費消された1兆ドルは確かに不良債権も生んだが,それは基本的に破壊ではなく建設であった。
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