世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3160
世界経済評論IMPACT No.3160

日本とベトナムの50年

池部 亮

(専修大学商学部 教授)

2023.10.23

半世紀前のベトナム

 今から半世紀前の1973年1月,「ベトナムにおける戦争終結と平和回復に関する協定(いわゆるベトナム和平のためのパリ協定)」が戦争当事者間で調印された。これにより,米国はベトナム戦争の終結を宣言し,同年3月末までに南ベトナムからの「名誉ある撤退」を完了したのであった。国際的な取り決めとしては,この時点でベトナム戦争が終結したということであるが,米軍撤退後も南北ベトナムの戦乱は止まらず,1975年4月には北ベトナムによるサイゴン解放(西側では「陥落」と表記することが多い)によって,内戦状態にあったベトナム戦争が実質的に終結した。

 そして,今年(2023年)は日本とベトナムが外交関係を樹立してちょうど50年目を迎える。この歴史的な節目を祝うため,協賛企業が募られ,実行委員会が立ち上げられ,官民を挙げての祝賀ムードが演出されている。日越外交関係樹立50周年記念特設ホームページによると,文化,芸術,スポーツ,教育,観光,経済,科学など様々な分野で実行委員会主催事業のほか,認定事業が開かれ盛り上がっている様子である。

日越外交関係樹立

 日本とベトナムの外交関係が樹立されたのは1973年9月21日である。外交関係の樹立と簡単に言うものの,当時の北ベトナムと国交を樹立するということは,アメリカ,南ベトナム,中国など多方面への配慮が必要で,決して簡単な外交交渉ではなかったであろう。さらには,1971年7月に米中関係改善の動きが露わとなったニクソン・ショックがあり,国際政治の勢力図が一時的に流動的になった時期でもある。米ソ対立に加え,中ソ対立と中越対立が顕在化し,カンボジア問題や中越国境紛争などがその後続くことになる。

 当時の北ベトナムは日本や西側諸国との関係改善が戦後復興のためにも必要不可欠であった。共産党機関紙『ニャンザン(人民)』編集長への日本の報道各社によるインタビューで,北ベトナムは,①米国を含む世界各国と正常な関係を結ぶ用意があること,②日本とサイゴン政府との関係は国交樹立の妨げとならないこと,③ベトナム再建に向けた日本からの援助を期待していることなども事前に伝えられた。

 アジア経済研究所の『アジア動向年報』の北ベトナムの重要日誌で確認すると,1973年に日本よりも前に北ベトナム政府との間で外交関係を樹立した国々は,チュニジア,フィンランド,バングラデシュ,オーストラリア,ベルギー,イタリア,マレーシア,オランダ,ブルンジ,シンガポール,アイルランド,イラン,カナダ,英国と14カ国にのぼる。同年9月21日に日本が15番目の国として外交関係を樹立した。その後,同年内に続いた国はルクセンブルグとオートボルタ(現在のブルキナファソ)の2国に留まり,1974年に入ってから1975年4月30日のサイゴン解放までの間に,マルタ共和国,アフガニスタン,トーゴ,ニジェール,リビア,ダホメ王国,ギリシャと外交関係の樹立は低調となった。この対外関係の動向を見る限り,1973年1月のパリ和平協定と3月の米軍撤退の完了によって和平ムードと復興に向けた機運が一気に広がり,春から秋にかけての半年間にバスに乗り遅れるなと雪崩を打つように外交関係の樹立が集中したことが分かる。

日本の貢献

 カンボジア問題があったため,実質的なベトナムの戦後は1991年10月以後のことである。日本とベトナムの貿易,投資,政府開発援助(ODA),要人の往来といった本格的な外交関係が始動したのもこの時からと言える。日越外交関係樹立50周年とは言え,正常状態の二国関係によって築き上げられた政治経済史はこの30年間の事績なのである。

 かつて日本はベトナム経済にとって,貿易・投資・政府開発援助(ODA)の3項目において最大のパートナー国であった。現在は貿易では中国,米国,韓国に次ぐ4位,投資では韓国に次ぐ2位,2国間ODAでは最大の供与国となっている。項目別に数字上の規模をみれば日本は貿易と投資で1位ではなくなったが,ベトナム経済に対して日本が果たした役割はこれらの数字で表現できないものであったと実感している。

 例えば,1990年代から衣類の対日輸出が拡大したが,品質要求が厳しい日本市場との取引を通じて付加価値品の生産技術をベトナムは内部化できた。また,日本がベトナム産農林水産物を原料としてよりも加工品(最終製品)として開発輸入したことは,現地での技術向上や設備投資の増進に貢献した。日本企業との取引を通じてベトナムは間接的に工業製品の付加価値向上を実現できたのである。さらに1990年代末のアジア通貨危機の頃に日越共同イニシアチブの前身となる官民による「日越貿易投資ワーキンググループ」が開始され,構造改革や規制緩和に向けた提案と人的支援を粘り強く実施してきた。構造改革と規制緩和によってベトナムの法制度が世界標準に近づくことができたからこそ世界貿易機関(WTO)への加盟(2007年)が実現したのである。その後も自由貿易への積極的で果敢な取り組みが続き,CPTPP,EVFTA(EUとのFTA),RCEPなどベトナムは今やアジア屈指のFTA大国となった。この背景に日本がベトナムの「自由化の伴走者」として存在していたのだと感じるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3160.html)

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