世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3159
世界経済評論IMPACT No.3159

アジアの時代の終焉

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.10.23

実質GDP成長率の鈍化

 10月10日発表のIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによれば,2024~28年の5年間の世界実質GDP成長率は,年平均3.1%と予想されている。これは,コロナ禍の影響を受けた2020~23年の2.4%を上回るものの,コロナ禍前の5年間の2015~19年の3.4%,さらにその前の5年間の2010~14年の4.0%を下回る。コロナ禍後の世界経済は,コロナ禍前の成長トレンドに戻らず,より低い成長に留まりそうなことを示している。

 世界経済をIMFの分類によるアジア新興・発展途上経済(以下,アジア経済)と,その他に分けると,2024~28年のアジア経済の実質GDP成長率は,年平均4.7%と,2015~19年の6.4%を大きく下回る見通しとなっており,成長トレンドの鈍化が顕著だ。さらに,アジア経済の中核である中国が不動産を中心にしたバブル崩壊に苦しんでいる状況から見て,アジア経済の成長率は,IMF見通し以上に低下しそうだ。一方,アジア経済以外の世界の実質GDP成長率は,2024~28年には平均2.0%と,2015~19年の1.9%をわずかに上回る見通しとなっている。上で述べた世界経済の減速は,アジア経済の成長の鈍化によるものと言える。

財政状況の悪化

 こうしたアジア経済の成長トレンドの低下を,経済政策で食い止めることは困難なようだ。IMFによれば,アジア経済の一般政府(国・地方政府,社会保障基金の合計)財政収支のGDP比は2011年の−1.6%から2023年には−6.8%に悪化し,一般政府総債務残高のGDP比は同時期に39.5%から77.4%に拡大したと推計されている。アジア経済以外の世界では,財政収支は−4.0%から−4.7%へ,債務残高は75.5%から89.7%へ拡大している。アジア経済の方が財政状況の悪化ペースが速く,今後さらなる財政刺激策を発動する余地は限られていると言える。

 また,基軸通貨国である米国が金融引締めを続け,実質金利の指標であるインフレ連動債利回が上昇している中,アジア諸国が景気を支えようとして金融緩和を行うと,資本流出が激しくなりかねない。アジア経済は1990年代後半に大きな通貨危機に見舞われた。その再来を避けるためには,大幅な金融緩和はしない方が賢明だろう。

迫られる過剰投資の調整

 これまで,投資水準が高いことがアジア経済の高成長を支えてきたと考えられてきた。アジア経済における総投資のGDP比は,1980年の28.6%から2011年には42.3%まで上昇した。その後も40%前後の水準で推移している。これに対して,アジア経済以外での世界では逆に1980年の26.3%から2011年には19.2%に低下し,その後も20%程度で推移している。ただ,総投資のGDP比が高水準で推移してきたのに,アジア経済の実質GDP前年比成長率が2007年に+11.2%でピークを打ち,それ以降低下傾向にあることは,投資効率が低下し,過剰投資に陥っていることを示しているようだ。今後,アジア経済においては大幅な投資調整が必要と考えられるが,それによって経済成長率はさらに鈍化するだろう。

 アジア経済の成長率が大幅に鈍化すれば,アジア以外の経済も影響を受けるため,アジア経済の成長率が相対的に他地域より高いという姿は当面変わらないだろう。ただ,旺盛な投資が高い経済成長を支えるという従来型の経済発展のモデルが崩れたという点では,アジアの時代は終わりを迎えたと言えそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3159.html)

関連記事

榊 茂樹

最新のコラム