世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3151
世界経済評論IMPACT No.3151

日本企業が選ぶグローバル・サプライチェーン大移動の有望国:アメリカとタイ

朽木昭文

(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)

2023.10.16

 グローバル・サプライチェーン再編の中で各地域は,「外資導入」による「産業集積」の形成要因を備えていることが投資先として選ばれる条件となる。また,課題としては,投資する国の「制度」の未整備と運用上の不透明性による「産業集積」要因の欠如がある。

1.『JBIC調査』による日本企業の投資先の有望国ランキングにおけるベスト10

 チャイナプラスワンの候補国が有望である理由と課題の因子分析の結果が示されている。「2007年から2022年」まで継続している有望国ベスト10は次の6カ国,すなわちインド,ベトナム,インドネシア,タイ,アメリカ,中国である(注1)。そして,これらの国について投資先として有望である理由の詳細と課題の詳細についてアンケート調査している。因子分析により結果を示す。

2.有望理由の詳細

(1)第1因子「産業集積」要因

 有望な理由の第一要因には,「産業集積」を促進する要因が含まれる。広義の輸送コストの削減に関する要因としては,(i)「地域物流サービス」の整備が挙げられる(因子負荷量1.1)。輸送コストに関する要因としては,(ⅱ)「地域の物理的インフラ」の整備が挙げられる(因子負荷量1)。物理的インフラには,交通,電力,通信などが含まれる。(ⅲ)「政治・社会情勢の安定」が因子負荷量1と高い。これらが産業集積の開始の条件を形成する。(ⅳ)現地マーケットの収益性(因子負荷量0.9)また,(ⅴ)の「製品開発拠点」は,イノベーション(因子負荷量0.7)につながる。これらは,産業集積の促進要因となる。

(2)第2因子「外資導入」要因

 外資導入に関する要因としては,(ⅰ)「投資に対する税制優遇措置」(制度)が挙げられる(0.9)。同時に,(ⅱ)「外資誘致などの政策の安定」がある。輸出加工区として,(ⅲ)「第3国輸出拠点」の役割がある。また,(ⅳ)「対日輸出拠点」の役割もある。(ⅴ)「組み立てメーカーへの供給拠点」の役割は,現地でのサプライヤーの役割である。

(3)第3因子「人材」要因

 (ⅰ)「安価な労働力」,(ⅱ)「優秀な人材」は,人材要因となる。(ⅲ)「他国のリスク分散の受け皿」となる要因も加わる。

(4)第4因子「原材料調達」要因

 (ⅰ)「原材料の調達に有利」,(ⅱ)「安価な部材・原材料」の要因からなる。

(5)国別の特徴から選ばれるアメリカとタイ

 因子得点から国別の特徴が明らかになる。

  • 1)産業集積の促進得点が高いのはアメリカである。
  • 2)外資導入得点が高いのはタイである。
  • 3)人材得点が高いのはベトナムである。
  • 4)原材料得点が高いのは,2010年代前半まではインドネシアとインドであるが,その後の得点は高くない。

 第1因子と第2因子の両方を備えれば外資導入による産業集積の促進になる。インドネシア,インドはともに有望な点の因子がない。また,中国も同様である。

 結論として,産業集積の有望国は,「アメリカ」と「タイ」ということになる。

3.制度整備の課題

(1)第1因子「制度」要因

 制度上の問題が,有望国における投資課題の第1因子として挙げられた。「知的財産権の保護が不十分」(1),「外国為替・送金規制」(1),「法制度の運用が不透明」(0.9),「代金回収が困難」(0.9)である。また,規制緩和が必要な分野としては,「外貨規制」(0.9),「輸入規制・通関手続き」(0.9),「課税強化」(0.8),「労働コストの上昇」(0.8)が上位を占めた。法制度の運用面では,「投資許認可手続きが繁雑・不透明」(0.8),「税制度の運用が不明確」(0.7)が挙げられた。なお,「資金調達が困難」,「労務問題」(0.5)も挙げられている。

(2)第2因子「産業集積」要因

 「地場裾野産業が未発達」(1.1),「法制が未整備」(1),「インフラが未整備」(0.9),「投資先国の情報不足」(0.9),そして「通貨・物価の安定感がない」(0.7)が産業集積要因として挙げられた。

(3)第3因子「人材」要因

 「現地での技術系人材の確保が困難」(0.8),「管理職クラスの人材の確保が困難」(0.8)

(4)第4因子「治安・社会」要因

 「治安・社会情勢の不安定」(0.8)の課題は大きい。なお,「徴税システムが複雑」(0.5)は第4因子に含まれる。

(5)国別の因子得点の特徴

  • 1)インドネシアは,産業集積要因と治安・社会要因の課題が挙げられた。
  • 2)ベトナムとインドは人材要因が挙げられた。
  • 3)タイは,近年について人材要因が挙げられた。
  • 4)中国は制度要因が挙げられた。
  • 5)アメリカは課題の特徴がない。

4.投資国先としての有望理由と課題から候補はアメリカとタイ

 世界経済のデカプリングが進み,チャイナプラスワンの中国の次はインドとインドネシアが挙げられることが多い(注2)。

 ところが,JBIC調査の因子分析では異なる結果が得られた。有望理由は,産業集積が可能で外資導入の条件が整備されていることである。課題としては,制度整備がさらに望まれる。また,産業集積のための条件整備も必要となる。この観点から選ばれる投資対象国はアメリカとタイとなる。

[注]
  • (1)『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告』国際協力銀行。調査企業数946社。回答数531社。回答率56.1%。
  • (2)朽木昭文(2022)「ポストコロナ禍のチャイナプラスワンの国」,国際貿易投資研究所,ITI調査研究シリーズNo.136.10月。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3151.html)

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