世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3136
世界経済評論IMPACT No.3136

中国の「チリツモ」景気対策は奏功するか

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.10.02

 国慶節を前に,中国政府の景気対策が加速しつつある。目的は経済に「気」を通すことだ。そのためには消費者が抱える不安を解消しなければならない。不動産不況に伴い保有している住宅価格が暴落するのではないかという不安,少子高齢化の進行に伴う,子供の養育・教育費や高齢者の介護に関わる不安,そして,圧倒的多数を占める中小零細企業の経営に関する先行き不安である。中国の家計貯蓄はゼロコロナ政策下の2021年から22年にかけ,約9兆元増加した。不動産市況が冷え込んでいる理由のひとつが,本来住宅購入に回るべき資金が貯蓄として溜まり続けていることである。

 7月,商務部や国家発展改革委員会が農村部の消費促進策を打ち出したのを皮切りに,国務院が民営企業の発展を促進するための31項目(民営企業31条)」と都市部における低所得者や農民工居住区(城中村)の全面開発(政府資金による)とこれに関わる民営企業参加の促進策を打ち出した。また,既存の住宅の省エネ改築や高齢者のためのバリアフリー改築に対する助成金支給策も発表された。商務部と工業信息部は自動車関連消費に関わる規制緩和を実施する。そして国家税務総局は398項目に及ぶ税と行政費用減免する。減免措置対象の三分の一が不動産取引に関わるものである。そして8月から9月にかけ,さらに踏み込んだ措置が相次いで実施されるようになっている。ただ,これらの政策には「目玉」がない。小さな政策を積み上げたもので「チリツモ」対策ともいえる。

 9月以降実施されたのが「認房不認貸」政策である。住宅購入とそれに関わる住宅ローンの条件を切り離す政策である。住宅の一次取得者の場合,頭金は購入金額の40%,二件目以上の購入の場合は60%というのがこれまで一般的だったが,これを廃止すると同時に頭金比率を引き下げることにより,住宅購入に関わる初期負担を軽減するのが目的である。この政策により,一次取得者が支払う頭金は購入金額の20%となり,二件目についても30%に引き下げられた。また,面積が120平米を超える「非普通住宅」については,80%の頭金比率が半分の40%に引き下げられた。

 これと併せ,住宅ローンに乗せる銀行マージンもLPR+60BPからLPR+20BPに引き下げられた。既存の住宅ローン金利についても,銀行の同意を前提に現行金利の適用が認められるようになった。これらの政策は大都市から実施されているが,現在,不動産購入制限措置の緩和・廃止と併せて全国規模で展開されつつある。

 また,9月25日からは,住宅の一次取得者向け固定金利住宅ローンを対象に,借り換え手続きなしで,現時点のLPRを適用する措置も実施されている。従来であれば,一旦既存ローンを全額返済し,改めて新規借り入れ手続きを行うことが約定されていたが,借入人が銀行に申請すれば左記の手続きなしに,新たな金利が適用されることになる。銀行にとっては収益減になるわけで,体力の弱い銀行はだいぶ抵抗したようだが,結局,主管部門の銀行監督管理総局に抑え込まれたようだ。この措置によって,例えば2019年に100万元を6%の金利で借りていた場合,適用金利は4.4%程度まで低下する。年間1.6万元の負担減だ。

 家計支援策も打ち出されている。乳幼児や学齢期の子供を持つ家庭の税額控除額の引き上げ,もう一つが要介護高齢者を持つ家庭に対する税額控除額の引き上げである。左記の税額控除額の引き上げは合計3千元となる。税額控除額の引き上げによる可処分所得の増額は月あたり90元とみられる。また住宅ローン金利負担緩和策も,借入残高にもよるが負担減少の金額は年間1万元を超える程度だろう。しかし,個々の家庭にとっての負担減少額は限定的であるものの,国全体で見れば年間数兆元の規模となる。少額だからこそ消費に回りやすい,という側面もあるだろう。しかも,これは時限立法ではない。即効性は期待できないものの,じわじわと消費を底上げする効果は期待できる。

 上記のような党・政府の対応には強烈なインパクトが感じられない。外国投資家は「習バズーカ」とでもいうべき大胆な景気刺激策を期待していたようだ。一連の対策に「がっかりした」と述べる投資家もいると聞く。そのせいかどうか,これらの政策が実施に至ったにも関わらず,株式市場は弱含みの状態が続いている。また,外国投資家の中国向け株式投資は8月以降売り越しが続いている。しかし,党・政府に言わせれば,景気対策は外国人投資家のためのものではないし,大型景気対策の弊害は,リーマンショック時に断行した4兆元に上る財政支出の結果を見れば明らかだ,ということになるのだと思う。今日の不動産不況も,元はと言えば左記の大型景気対策が生み出した投機の結果なのだから。

 それでは,これら「チリツモ」的な景気対策は奏功するのだろうか。筆者は,今回の一連の措置は,経済成長の次のエンジンを見据えた前哨戦ともいえるものだと考えている。不動産開発および関連業界による経済成長の時代は終わった。次の成長のエンジンは,消費であり,「自立自強」策に基づく先端産業の育成である。大手不動産開発会社の巨額債務問題は,一挙に処理すれば金融システミックリスクにもつながりかねないので,徐々に処理してゆくしかないとの割り切りもあるだろう。不動産分野貸付の不良債権比率は上昇しているものの,それ以外の分野では低下しており,総じてみれば僅かながら低下傾向にある。主要銀行の自己資本比率も14.7%と高い。不良債権に対する貸倒引当金比率も200%近い。

 また,次の成長エンジンを育ててゆくためには,民営企業の活力や知恵も不可欠であるし,相当な財政支援も必要である。財政資金は不動産業界の救済や支援よりもこちらに回したいというのが党・政府の本音に相違ない。今回の一連の景気対策は,家計にまんべんなく浸透するものでもある。効果が出てくるには一定の時間がかかるだろうが,決して無意味な政策ではない。また,大向こうをうならせる「目玉」的な政策を敢えてとらなくても,政権の安定運営に支障はないという中国の政治体制も有利に働いているといえる。実際,製造業のPMIや,企業の売上・利益は,非常にゆっくりとだが,徐々に上向き,あるいは底を打ちつつある。今年の国慶節の休暇は9月29日から10月6日まで続く。交通運輸部によれば,今年の国慶節休暇時の旅客数は20億人を突破し,過去最高となる見込みだという。景気回復の足取りは力強さを取り戻しつつあるのではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3136.html)

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