世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3124
世界経済評論IMPACT No.3124

強まる米国の金融引締めの影響

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.09.25

潜在成長率を上回る長期実質金利

 米国ではインフレ率の低下によって大幅な追加利上げを予想する見方が減り,景気後退を避けながらインフレが収束するというソフトランディングが実現するとの期待が高まっている。ただ,実際には金融引締めの影響は強くなっているようだ。

 FRBが発表している残存期間10年超のインフレ連動債の平均利回りは,長期の実質金利の指標と捉えられる。2021年11月には月次平均値で−0.51%と,データが取れる2000年以降,最低水準を記録したが,その後,金融引締めにつれて上昇し,今年8月には2010年2月以来初めて2%を超え,9月も2%を超えた水準で推移している。議会予算局の推計によれば潜在GDP成長率は7-9月期の前期比年率換算値で1.8%とされており,中長期の経済成長率のトレンドを示すと考えられる潜在成長率を長期実質金利が上回っている。両者の差は2000年から2011年前半頃までは概ね±1%の範囲内に収まっていたが,それ以降,長期実質金利が潜在成長率を大幅に下回る状態が続き,2021年11月には2.56%下回るに至った。経済活動によるリターンと比べて利払いの負担が抑えられていたことで,景気を刺激してきたと考えられる。しかし,長期実質金利が潜在成長率を上回るようになったことで,こうした景気刺激効果は消失した。

 利上げが打ち止めになっても,インフレ率がFRBが目標とする2%に向けてスムーズに低下するか確信が持てないため,早期利下げの公算は小さいだろう。また,FRBが国債等の証券の保有残高を削減する量的引締めを継続している。こうしたことから,長期金利は当面下がりにくいと予想される。加えて,名目金利が横這いであってもインフレ期待が低下すると,その分実質金利は上昇する。インフレ連動債利回りがさらに上昇して潜在成長率を上回る幅が拡大し,景気抑制効果が高まる可能性がある。

銀行貸出態度は景気後退期並みに厳格化

 FRBが原則四半期ごとに行っている銀行の融資担当者に対するサーベイによれば,直近の7月調査において,銀行の大・中規模企業向け商工業貸出に対する態度は,過去の景気後退期並みに厳しくなっている。銀行の貸出態度の厳格化は実質GDP成長率の低下に先行する傾向がある。ただ,実質GDPの前年同期比成長率は昨年10-12月期が+0.9%,今年1-3月期が+1.8%,4-6月期が+2.5%と足元で高まっている。これは,インフレ率低下により実質ベースでは家計や企業の支出が増えていること,財政刺激策の効果が残っていることなどによると考えられる。しかし,個人所得の伸びが鈍り,企業利益は減少基調にあるため,財政政策の影響が薄れると,実質GDP成長率は大幅に鈍化し,結果的に銀行の貸出態度の厳格化と整合的な形になりそうだ。

企業・政府債務のGDP比は高水準

 銀行の企業向け貸出態度の厳格化は,FRBによる利上げや量的引締めの影響だけでなく,企業の負債が累増していることに対して警戒感が高まっていることにもよると考えられる。非金融企業の負債のGDP比はコロナ禍初期の2020年4-6月期に58.1%と史上最高水準に達した。その後,景気回復とインフレ加速で名目GDPの伸びが高まったことで,今年4-6月期には48.5%まで低下した。しかし,負債の実額は増え続けており,GDP比でもコロナ禍前の2019年末やリーマンショック後のピークだった2009年1-3月期の水準を上回っている。上で述べた実質金利が経済成長のトレンドを上回る状態のもとでは,企業が投資,雇用などに対する支出を減らして新規借入を抑制しないと,負債のGDP比は上昇する。

 連邦・州・地方政府の負債の増大も顕著だ。GDP比で見ると,2020年4-6月期の131.3%から今年4-6月期には116.7%に低下したが,2019年末の102%から大きく上昇している。GDP統計における一般政府(連邦・州・地方政府,社会保障基金の合計)の財政収支は,今年4-6月期にはGDP比8%を超える大幅な赤字であった。ここに実質金利の上昇が重なって政府負債の増大に拍車がかかる。バイデン大統領は,中間層の底上げを柱とするバイデノミクスを提唱しているが,実際には新たな財政政策を発動する余地は縮小している。

 早晩利上げが打ち止めになったとしても,米景気のソフトランディングは困難と思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3124.html)

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