世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3092
世界経済評論IMPACT No.3092

中国経済の不振:米国のさまざまな報道と論評

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.09.04

バイデン大統領の「時限爆弾」発言

 バイデン大統領は8月10日,ユタ州での選挙資金集め集会で「中国経済はチクタクと音を刻んでいる時限爆弾(a ticking time bomb)だ。悪い人たちが問題を抱えると,悪いことをする」と発言した。

 ポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞受賞者)は,このバイデン発言に呼応するかのように,次のように述べた(8月10日付ニューヨークタイムズ(NYT),このほぼ全訳は朝日新聞同月23日付に掲載)。「中国は,理想的には,私が主張するように,持続不能な投資を減らして家計所得を増やし,消費を拡大するよう改革を進めるべきだ。しかし,独裁政権は時に国内の困難から国民の目をそらせ,対外的な冒険主義に訴える。これは歴史をあまり勉強しなくてもわかることだ。私はそうなると言っているわけではないが,現実には,中国の国内問題は,世界の安全保障にとってより危険なものとなり,その逆ではないということだ」。

 さらに,クルーグマンは21日付のNYTで,「中国の危機はどれほど恐ろしいか?」(How Scary Is China’s Crisis ?)と題して,上記10日付記事で指摘した懸念を,次のように強調している。中国は,2008年の世界金融危機で他の国が経験したのとよく似た危機の瀬戸際に立たされている。中国政府には問題をうまく解決する能力があるだろうか。我々は中国政府が国内問題から国民の目をそらすために何をするか心配すべきだ。

 中国経済の現状に関するNYTの記事数は,クルーグマンの寄稿を含め,ワシントンポストの記事数(最近では2本)を圧倒している。NYTのキース・ブラドシャー北京支局長は景気動向,不動産危機,物価下落など次々に報告し,現地特派員も連日次のような記事を書いている。「中国に代る世界経済のエンジンは何処か」(8月23日),「中国経済の信頼危機」(25日),「米国にとって中国経済の不振は何を意味するか」(26日),「遅配・無配:不動産危機の打撃を受ける塗装,建設,仲介業者」(28日),「中国経済展望:トップは叱咤激励,現場は陰鬱」(29日)など。

 クルーグマンのような学者の寄稿では,エスワル・プラサド(コーネル大教授)が「中国経済の諸問題は頂点から始まる」と題した論考で,「中国政府は深刻な経済状況を公には認めていないが,内外の困難が重なり合ってデフレスパイラルを生み出し,それを止めるのは益々困難だと認識している兆しがある」と書いている(26日)。

ポーゼン所長の「門戸開放論」

 フォーリンアフェアーズ誌の最新号(9−10月,Vol.102, No.5)には,中国経済関係の論考が一挙に3本掲載された。掲載順に,イアン・ジョンソン(外交問題評議会中国研究上席研究員)の「習の停滞時代-中国の万里の長城」,アダム・S・ポーゼン(ピーターソン国際経済研究所(PIIE)所長)の「中国経済の奇跡の終わり―中国の苦闘はどのようにしてワシントンのチャンスとなるか」,マイケル・べノン(スタンフォード大学研究員)・フランシス・フクヤマ(フリーマン・スポグリ国際問題研究所上席研究員)の「中国の破滅への道-北京の一帯一路の現実の代償」,である。

 筆者が注目したのはアダム・ポーゼン論文。同じPIIEの中国専門家二コラス・R・ラーディが8月23日付PIIE Insiderの「中国の経済減速はどれほど深刻か」で,こう論じている。①最近の中国経済の不振を深刻な循環的な景気後退の前兆とみるのは,時期尚早で部分的に間違っている。②生産性の低迷,労働力人口の減少,米国等からの技術移転制限,不動産バブルの調整,若年労働者の失業率上昇,経済成長以上に党の支配と国家安全保障を重視する中国の指導者。こうした問題はあるが,注意深くみれば,今後数年間中国が下降スパイラルを辿るとみるのは間違いだ。

 しかし,ポーゼン所長はラーディのこうした見方を支持していない。ポーゼンは,①長期の経済的新型コロナウイルス感染症は成長を一時的に抑えるだけではなく,何年も中国経済を苦しめることになろう。外部の楽観的見通しでも,まだこの永続的な変化を織り込んでいない。②中国経済の不安定化と公的債務の増加は,短期的に民間投資を減らし,生産性の伸びを鈍化させ,長期的には中国の平均成長率を押し下げる。③成長の鈍化と不安定な中国経済は米国など世界の国々に負の影響を与える。再び世界的な不況が来ても,中国の成長が前回のように海外需要の回復には役立たない。⑥中国共産党の政策が国民の長期の経済機会と安定を減らし続ければ,党への不満は増大する。

 こうした中国経済の見通しに立って,米国が取るべき対中政策は,制裁(sanctions)ではなく,中国の力を吸引(suction)することだとポーゼンは主張する。つまり,中国人学生,企業,資本の流入で恩恵を受けているカナダ,メキシコ,シンガポールなどに倣って,米国がこれに追随すれば,米国の経済力は向上し,中国共産党を弱体化させる効果は最大化される。中国共産党が中国企業の管理を強化している時にこそ,米国は「制裁」ではなく「吸引」を考えるべきだ。中国の人材や資本に対する障壁のほとんどを取り除いても,米国の繁栄や国家安全保障が損なわれることはない。これは大恐慌や冷戦期における米国の経験が証明している。

 ポーゼンの「門戸開放論」はバイデン大統領の政策とは真逆だが,クルーグマンの主張とは別の意味で示唆に富む。

[注]
  • *米国紙誌の大半は有料で購読していないと全文が読めない。このため,本稿では紙誌の対象を筆者が個人的に購読しているものなどに限定した。なお紙誌はすべて電子版。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3092.html)

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