世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3091
世界経済評論IMPACT No.3091

中国経済の成長トレンド低下は不可避

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.09.04

累増する非金融部門の負債

 中国の不動産大手,中国恒大集団の米国での破産申請をきっかけに,中国の不動産市場に対する懸念が高まっている。ただ,問題は不動産市場に留まらず,中国経済全体の負債累増というもっと根深いものである上,ここ数年で急に浮上したものでもない。

 BIS(国際決済銀行)の統計によれば,中国の企業,家計,政府(中央・地方政府,社会保障基金)の合計である非金融部門の負債残高GDP比は,2008年末の139%から2016年末には254%まで急上昇した。リーマンショック後の景気悪化に対し,投資を刺激して景気を支えようとしたことが,負債増のきっかけと考えられる。

 特に企業の負債は2008年末の94%から2016年3月末には162%まで上昇し,非金融部門負債の増分の半分以上を占めた。しかし,その頃から企業負債の増大が問題視されるようになり,企業負債のGDP比は頭を打った。一方,不動産ブームの中で家計債務はその後も増え続け,景気下支えのために公共投資が増やされたことなどから政府債務も増えた。家計債務は2008年末のGDP比は2008年末の18%から2019年末には56%に上昇し,同期間に政府債務は27%から61%に上昇した。さらに,コロナ禍で非金融部門合計の債務は一段と増大し,2022年末にはGDP比297%(企業158%,家計61%,政府78%)にまで上昇した。

財政収支悪化で刺激策発動余地は乏しい

 債務が累増して返済能力が不安視されるようになると,企業や家計は債務削減を迫られて新規投資を控える。こうした状況下では,金融を緩和しても投資を刺激する効果はほとんどない。景気を下支えには財政刺激策が必要である。IMF(国際通貨基金)の統計によれば,中国の財政収支のGDP比は,2008年にはほぼ収支均衡状態であったものが2019年には6.1%の赤字となっており,コロナ禍前からかなりの財政刺激策が取られていたことが伺われる。2022年には7.5%の赤字とコロナ禍前よりも悪化した。

 不動産市況が悪化すると,地方政府が収入源としてきた不動産売却収入が減少する。また,企業や家計が債務を返済しきれなくなると,事実上政府が肩代わりするケースも増えるだろう。政府の財政状況は一段と悪化する可能性があり,追加的な財政刺激策を発動する余地は乏しいようだ。

総投資のGDP比率は低下せざるを得ない

 IMF統計によれば,中国の総投資のGDP比は2000年の33.7%から2010年には47.0%まで上昇し,その後やや下がったが,2022年も43.9%と高水準にあった。2022年の先進国の総投資GDP比は23.2%,中国を除く新興・発展途上国は28.5%であり,中国は突出して高い。こうした高い投資比率がこれまでの中国の高成長を支えてきたと言える。しかし,上に述べたように,企業や家計が債務削減のために投資を控え,政府には財政刺激策を打つ余裕がなければ,投資水準は大幅に低下せざるを得ない。中国経済の成長トレンドは,既にコロナ禍前から低下傾向にあった。2010年までは10%を超えることが多かったが,2010年代後半には6,7%に下がっていた。今後,総投資のGDP比が30%まで下がれば,経済成長のトレンドは2,3%程度にまで下がるものと見られる。

 購買力平価換算ベースで見ると,中国のGDPは2022年時点で世界全体の18.5%を占め,米国より大きく,国ごとに見れば世界最大である。中国経済の成長トレンドの低下は,世界経済の成長率を大きく押し下げるだろう。特に日本経済は貿易,直接投資などを通じた結びつきが強く,大きな打撃を受けることが懸念されえる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3091.html)

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