世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3085
世界経済評論IMPACT No.3085

創造性に欠けるバイデン政権の対中政治経済戦略と同盟諸国への依存体質

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2023.08.28

 バイデン政権の対中政治経済戦略はトランプ政権と同じ基本戦略の上での一定の手直しに終始しているようだ。たとえばトランプが進めたデカップリング(対中分断)はデリスキング(対中リスクの回避)と改められた。それは中国の先端技術への浸透を制限し,サプライチェーンを複線化し,必要不可欠な原材料分野での対中依存を弱めることを内容とする。したがって,これはデカップリングそのものというよりは,具体的な状況を加味し,友好国との連携を念頭に置いた「自律的なデカップリング」とでもいうべき修正を施したものである。もちろんその背景には対中対決姿勢の堅持が超党派でのアメリカの合意だという基本前提がある。民主・共和両党のつばぜり合いという議会での力関係の下では,思い切った政策を打ち出せないという制約があることも事実である。政権誕生当初に強く主張された人権問題が次第に後景に退き,台湾の軍事的防衛と半導体を中心とする先端分野の対中規制強化と同盟諸国との政治経済的紐帯を強める方向に向かっている。

 イエレン財務長官はそれを「フレンドショアリング」と称している(2023.4.20,ジョンズホプキンズ大での講演)。かつてアメリカ多国籍企業が海外生産を活発化させたときに「オフショアリング」と言う言葉が盛んに飛び交い,半導体における設計(ファブレス)と製造(ファウンドリー)の分離と後者の台湾での生産が奨励された。それはやがて,オバマ政権下で生産拠点の一部のアメリカへの回帰を容認する「ニアショアリング」となり,さらに今回は選別的なーつまりは同盟国とのーフレンドショアリングに変貌している。グローバリゼーションは否定できないものの,モノづくりでのアメリカの圧倒的優位を際立たせることができないために,同盟国を巻き込んだ反中国囲い込み戦略が手の込んだ美辞麗句で飾り立てて主張されている。この方向をさらに具体化させたのが,サリバン大統領補佐官のIPEF(インド太平洋経済枠組み)を基本に据えるという(2023.4.27のブルッキング研究所)講演内容である。そこではバイ・アメリカンを看板にして,米国内での半導体など先端技術開発の奨励と国内生産の強化,そのためのTSMCやサムスンなどの米国内への工場誘致,さらにはそのための補助金の提供などが盛り込まれている。またTSMCとの関係が深い,微細化のカギを握る露光メーカーのASML(オランダ)の対中輸出にも歯止めがかけられている。そして米国が主導し日韓豪などが協議するIPEFがその要となるとしている。

 これらの対中戦略の展開はこれまでの戦略のある程度の見直しにはなっている。だがことは簡単にはいかない。それほどまでにグローバリゼーションは世界の隅々まで深く浸透しているからである。グローバリゼーションの最大の恩恵は世界中の人々がリアルタイムで,ほぼ同時に最先端の科学技術と産業の成果を享受できることにある。そしてIT産業,とりわけITサービス分野での企業は70億の世界人口を直接の対象とするビジネスによって繁栄を誇ってきた。この世界では「薄利多売」が基本である。パソコンを中心とする物的基盤の生産コストが限りなくゼロに近づくという特性のもとで,グローバルな範囲でのビジネス,ITサービス活動が巨大な富を生むことになる。今回のアメリカの対中囲い込み戦略はこのビジネスモデルの土台を浸食し,場合によっては一掃しかねないからである。そうすると,皮肉なことに中国がアメリカ流囲い込み戦略に取って代わるグローバリゼーションの新たな旗手になる可能性が強まることにもなりかねない。それが中国の反民主主義的強権体質という政治的統治に係わる制約を超えてまで進むこともあり得る。

 またリチウム,レアアース,コバルト,チタン,ガリウムいった重要資源の対中依存からの脱却が叫ばれているが,半導体の微細加工に不可欠な希ガス分野のネオン,アルゴン,クリプトンなどでのウクライナやロシアへの依存にまでは及んでいない。こんなずさんなことで対中包囲網が成功するのだろうか。また中国の対アジアへの対外投資はベトナムでもタイでも日本を上回っていて,確実にこれらの国に浸透している。そしてドル決済から離れる動きもでている。さらにいえば,テスラをはじめ流行の製品分野での対中進出は簡単にはやみそうもない。最新,最適なものを世界中から即座に入手し,相互配信・交信し合うというグローバリゼーションが切り開いた恩恵に沿った戦略と政策を打ち出さずに,これまでの覇権国特権に寄りかかった政治重視型方策に傾きすぎると,アメリカの未来を危うくすることにもなりかねない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3085.html)

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