世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3070
世界経済評論IMPACT No.3070

米国の就業構造の変化

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.08.21

経済全体ではコロナ禍前トレンドに回帰

 米国の雇用統計によれば,民間非農業部門就業者数はコロナ禍初期に急減した後,回復し,コロナ禍前のトレンドの延長線上にほぼ戻っている。コロナ禍初期の就業者の減少は低賃金労働中心であったため,実質週当たり平均賃金は一旦急上昇した。その後低賃金就業者の回復や物価上昇により実質平均賃金は低下したが,2022年後半から概ね横這いで推移している。

 ただ,経済全体では過去のトレンドに戻っても,業種別には就業者数や賃金に様々な変化が生じている。

財生産・流通分野の相対的縮小が続く

 製造・卸売・小売業では,コロナ禍以前も以後も,就業者数の民間非農業部門全体に占めるシェアは低下している。この3業種合計の就業者数と賃金総額のシェアは2013年1月時点には28.7%であったが,コロナ禍直前の2020年2月には26.4%となり,直近の2023年7月には25.9%まで低下した。週当たり賃金の相対水準も低下傾向にある。eコマースの発達で商品配送が増えるなどして,運輸・倉庫業では就業者数シェアは,上記の3時点で比較すると3.9%→4.5%→5.0%と上昇している。ただ,週当たり賃金の民間非農業全体の平均に対する相対水準は,127.8%→125.6%→123.8%と低下傾向にある。経済のサービス化が進む中で,労働市場においても,財の生産・流通にかかわる分野が相対的に縮小する傾向が続いている。

技術進歩による雇用・賃金抑制の兆し

 相対的に賃金水準が高い情報・金融業では,就業者数シェアは合計で3時点で9.3%→9.1%→9.2%と大きな変化はない。しかし,相対賃金水準は137.9%→145.7%→143.6%と,コロナ禍を機に上昇から低下に転じている。情報・通信システム開発などに賃金水準が高い専門人材の採用を増やしていたのが,AI(人工知能)の導入などにより,高賃金労働者の比率を減らし,全体の賃金水準を抑制する方向に変わりつつあるようだ。

 専門・ビジネス・サービス,教育,ヘルスケアでは需要の増大に伴い,就業者数シェアは合計で34.6%→35.5%→36.2%と上昇しており,米国の労働市場の中核と言える規模となっている。ただ,こうした分野はAI導入による省力化が進めやすく,今後,中期的には雇用や賃金の伸びが抑制されると考えられる。

 レジャー,接客業の就業者数シェアは,12.4%→13.1%→12.4%と,コロナ禍を機に減少している。コロナ禍で多くの人が職を離れ,賃金水準が低いため,需要が回復しても同じ仕事に戻る人が十分でなく,人手不足になっているようだ。労働者を集めるには賃金の引上げが必要であり,実際,相対賃金水準は42.6%→44.4%→46.6%と上昇している。AI導入等による省力化も図りにくい分野であり,賃金が上昇する分,物価上昇圧力は解消されにくいだろう。

 こうした就業構造の変化は,ここまでの所,景気拡大の陰に隠れて,あまり目立っていない。しかし,次第にAI導入などによる高賃金部門での賃金低下,従来の成長分野での雇用減少や,それらに伴う労働需給のミスマッチなどの問題が,表面化しそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3070.html)

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