世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
財政政策にかく乱される米国景気
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.08.14
労働需給ひっ迫の緩和に至らない景気減速
8月4日発表の7月分米雇用統計によれば,民間非農業部門就業者数に週平均労働時間をかけた総労働時間は,前月比で0.2%減少した。前年同月比増加率は,1年前の時点では+4.4%から+1.3%まで低下した。総労働時間に時間当たり賃金をかけた賃金総額は前月比では+0.2%と低い伸びに留まり,前年同月比では1年前の+10.1%から+5.7%まで鈍化した。総労働時間は労働投入量の指標であり,実質GDPとの相関が強い。賃金総額は,生産面では労働に起因する付加価値と捉えられ,家計にとっては主たる所得の源であり,名目GDPとの相関が強い。両者の伸びの低下は,米景気の減速を示している。一方,7月の失業率は3.5%と,1年前と同水準であり,4%程度とされる米国の自然失業率を下回る歴史的低水準に留まったまま上昇の兆しが見えない。その点では景気の減速は緩やかなものに留まっていると言え,労働需給の逼迫を緩和するには至っていない。
再拡大する財政赤字
昨年3月以来,累計5%以上の利上げにもかかわらず,景気減速が緩やかなのは,財政刺激策が利上げの効果を一部相殺していることによると考えられる。連邦・州・地方政府,社会社保障基金を合わせた一般政府の資本移転取引を除く財政赤字のGDP比は,コロナ禍直前には6%台後半であった。コロナ禍のもと,家計や企業に対する給付金の急増で赤字は急拡大し,四半期ベースでは一時20%以上になった。給付金は,新型コロナの感染が収まる中で徐々に支出に向かい,景気回復を支えてきた。財政赤字のGDP比は,昨年前半には4%程度とコロナ禍前を下回る所まで縮小した。しかし,昨年後半から主に歳入の減少により再拡大し,足元では7%台と,コロナ禍直前より赤字幅が大きくなっている。財政赤字が拡大している分,財政政策はまだ景気を刺激する方向に働いていると言える。
財政刺激策が支えてきた個人消費支出
需要面で財政刺激策の恩恵を最も被ってきたのは,個人消費支出のようだ。実質個人可処分所得は,上に述べた給付金の受取で急増した後,減少し,足元の水準はコロナ禍前のトレンドの延長線より低くなっている。一方,実質個人消費支出は,コロナ禍初期に急減した後,回復し,足元は概ねコロナ禍前のトレンドの延長線上にある。個人貯蓄率は,コロナ禍前には9%程度であったが,給付金がすぐに支出されなかたことで一時的に急上昇した後,足元では4%台まで下がっている。個人が過去に受け取った給付金を取崩して,消費支出に回す動きが続いていると考えられる。
給付金の取崩しが収まって,貯蓄率がコロナ禍前の水準に戻る動きが生じると,個人消費支出の伸びが鈍り,景気の鈍化は顕著になるだろう。ただ,そうした財政刺激策の効果が出尽くすタイミングははっきりしない。このため,FRBとしても,インフレ抑制のためにさらなる利上げが必要なのかどうか,判断が難しい状況にあるようだ。
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