世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3063
世界経済評論IMPACT No.3063

習近平の「改革開放」:自主イノベーション能力の創出

朽木昭文

(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)

2023.08.07

 14億人の大国を統制するのには思想が不可欠であるといわれる。第1に,「マルクス主義思想」が習近平氏の「共同富裕」とつながる。第2に,イノベーションに関して,「中華民族文化」の再興は,改革開放による外国直接投資の導入とともに,「自主イノベーション能力」を創出することにより目指す。この2つにより習近平氏の新時代の中国の特色ある社会主義思想を実現する。

1.マルクス主義思想と中華民族文化の融合による思想解放

 習近平氏は2023年6月2日に,北京の中国歴史研究院で文化伝承発展座談会に出席し,演説した(注1)。そこで,「開放・包摂を堅持し,マルクス主義の中国化・時代化を堅持し,中華の優れた伝統文化を伝承し,発展させ,外来文化の本土化を促進し,新時代の中国の特色ある社会主義文化を絶えず育み,創造しなければならない」と述べマルクス主義の基本原理と中華民族の伝統文化を結びつけた。

 この演説の特徴は3つある。第1に,マルクス主義思想と中華民族の文化との融合である。第2に,開放政策は維持する。第3に,「自主イノベーション能力」により中国式近代文化を形成し,新時代の中国の特色ある社会主義を完成する。習近平氏は,これが一つの思想解放であると述べた。

2.「自主イノベーション能力」による科学技術

 中国は,2001年のWTO加盟の時期に,自由貿易ではない産業政策として自動車産業の「自主ブランド」形成を目指した。習近平氏は2023年5月に『科学技術自立自強を論ず』を刊行した(注2)。現在における実体経済の「自主イノベーション能力」形成の重要性を強調する。これが「自力更生」の道となるとした。

 その際に,「自主イノベーション能力」を一段と高め,「地域イノベーション・システム」(RIS)づくりを強め,イノベーション駆動発展戦略を実施する。具体的に,RISとして,広東香港マカオ大湾エリアの人材づくりを推進する。RISは典型的なイノベーション政策の1つであり,中国は,国家としてそれぞれの地域のRISを完成させる。

3.近代的産業システムの構築

 習近平氏は2023年4月10日から広東省を視察した(注3)。「広東省は,製造業によって立つ省となることを堅持し,産業転換・高度化を加速し,産業基盤の高度化,サプライチェーンの近代化を推進する。戦略的新興産業を発展させ,一段と国際競争力のある近代的産業システムを築かなければならない」と言う。

 企業が科学技術イノベーションを進め,自主イノベーション能力を築き,近代的産業システムを構築する。中国は,この能力を構築するために「国家863計画事業」などを実行している。習近平氏は,その事業の1つである広東省においてライチ農園や楽金顕示広州製造基地を視察した。

4.開放政策を堅持

 なお,広東省の視察の際に,地元で高い水準の対外開放が進められていることも確認した。「中国は新たな発展の枠組み構築を加速し,ビジネス環境の整備に力を入れており,市場の優位性がより顕著になるだろう」と市場の力を強調した。自主イノベーション能力を強調すると共に開放政策は認めている。また,外国の投資家が,広東香港マカオ大湾エリアにおいて中国市場を開拓することを望んでいる。

5.マルクス主義思想を実現する共同富裕

 「共同富裕」が,マルクス主義の科学的社会主義に相当する(注4)。つまり,共同富裕は平等で公平な社会を目指す思想である。現在の中国では地域間の所得不平等が問題である。中国式近代化の特徴として「地域間で調和のとれた発展」が共同富裕を実現する。

 広東省を例に挙げると,広東省東部,西部,北部地域は,交通などのインフラの地域間相互接続を急ぎ,成長で先行した珠江デルタ地域の産業の秩序ある移転を受け入れる。郷村建設行動を実施することにより,「新型都市化建設」を推進し,「近代的郷村産業システム」を構築し,「新型農村集団経済」を発展させる。こうして「共同富裕」を実現する。

6.「専精特新小さな巨人」中小企業の育成による「自主イノベーション能力」向上

 専精特新とは,専門化,精密化,特色化,斬新化の意味である(注5)。習近平氏は,一方で,マルクス主義思想を基として共同富裕を実現し,他方で,中華民族文化のために「専精特新小さな巨人」中小企業の育成することにより「自主イノベーション能力」を高める。両方の融合により近代的産業システムを構築し,習近平氏は新時代の中国の特色ある社会主義思想を実現してゆく。

[注]
  • (1)北京2023年6月2日発新華社。
  • (2)習近平,『科学技術自立自強を論ず』,中国共産党中央党史・文献研究院編集,中央文献出版社(北京2023年5月28日発新華社)。
  • (3)習近平氏は2023年4月10日,広東省湛江市を視察(北京2023年4月13日発新華社)。
  • (4)https://liberal-arts-guide.com/marxismus/(2023年7月3日アクセス)。科学的社会主義は労働価値説を前提とする。
  • (5)北京2023年5月5日発新華社。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3063.html)

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