世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3058
世界経済評論IMPACT No.3058

成長力がない日本経済

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.08.07

低い潜在成長率

 7月27,28日の政策決定会合で,日本銀行はイールドカーブ・コントロールを修正し,10年物国債利回りが0.5%を超えることを容認した。消費者物価インフレ率が大きく高まっている中,これが適切な対応と言えるのかは疑問だが,いずれにせよ,現状の日本経済にとって,金融政策も,財政政策もあまり意味がないようだ。

 日本銀行の推計では,日本経済の供給能力の伸びを示す潜在成長率は,最新の2022年度下期時点で前年比+0.32%と低水準である。潜在成長率は1980年代から90年代初めには4%前後であったが,その後低下し,90年代後半から2010年代前半まで,リーマンショック後の一時的落ち込みを除くと1%前後であった。その後さらに下がり,2017年度下期以降,0~0.4%の範囲で推移している。生産要素別の潜在成長率への寄与を見ると,2022年度下期には労働投入の寄与は−0.23%,資本ストックの寄与は+0.08%である。一方,技術進歩を示す全要素生産性の寄与は+0.46%であり,全要素生産性の上昇が潜在成長率を支える姿となっている。全要素生産性の寄与は,2010年代前半まで概ね1%前後で推移していた。そこから2018~19年には小幅マイナスまで低下したが,その後若干上昇している。

需要超過を示唆するGDPデフレーターの上昇

 日銀の推計では,2023年1−3月期の需給ギャップは−0.34%と小幅マイナスとなっている。需給ギャップの過去の動向と照らし合わせると,この水準は,日本経済全体で見た時,概ね需給が均衡していることを示しているようだ。一方,同期のGDPデフレーターは前年同期比+2.0%と,消費税の税率引上げで一時的に上昇率が高まった時を除けば,現行の国民経済計算(GDP統計)でデータが取れる1995年以降,最高水準にある。昨年来の日本の物価上昇は,当初は円安やエネルギー,原材料,食料などの輸入物価の上昇を主因にしたものだった。しかし,経済全体の付加価値の価格を示すGDPデフレーターの上昇率の高まりは,コスト上昇の製品価格への転嫁から,需給逼迫による価格上昇への変質を示唆している。現状の日本経済は需給均衡ではなく,実際には需要超過状態ではないかと考えられる。だとすれば,供給能力の水準は日銀の推計より低いことになる。足元の潜在成長率は,上に示した日銀推計の+0.32%より低く,実際にはゼロ近辺か小幅マイナスではないだろうか。全要素生産性が2020年以降若干上昇したという動きも,実際には生じていないのかもしれない。

 2013年に始まったいわゆるアベノミクスは,金融政策,財政政策,成長戦略を三本の矢とし,日本経済の成長力を高めることを目指したものだった。しかし,こうした潜在成長率や全要素生産性の動きを見ると,経済の供給能力を高める効果は小さかったようだ。

実質雇用者報酬の減少

 供給能力の伸びが低く,需給均衡もしくは需要超過状態にある時に,金融・財政政策で需要を刺激しても,物価が上がるだけで実質経済成長率は高まらない。賃金等の雇用者の労働に対する報酬の総額を示す雇用者報酬は,名目ベースでは増加している。しかし,家計最終消費支出デフレーターの方が上昇率が高いため,物価上昇分を割り引いた実質ベースでは,雇用者報酬は減少している。コロナ禍以降,実質雇用者報酬は2021年1−3月期が最も高い水準であったが,そこから2023年1−3月期には3.8%減少した。雇用者側から見れば,少なくとも物価上昇分を相殺する報酬増を望みたい所だ。ただ。日本の労働分配率(雇用者報酬/(雇用者報酬+営業余剰))は,国民経済計算年次推計値上では直近の2021年度には歴史的高水準にあったし,その後の雇用者報酬の動向などから見て,2022年度もほとんど変わっていないと推察される。このように,企業側から見れば労働コスト負担が重い中,雇用者報酬を引上げれば企業は製品価格に転嫁せざるを得ず,さらに物価は上がるだろう。岸田政権は賃上げを促進する姿勢のようだが,賃金と物価のスパイラル的上昇を招きかねず,技術進歩などによる生産性の向上がなければ,結局,実質賃金は増えないことになってしまいそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3058.html)

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