世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
知的財産投資は米国経済を牽引するのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.07.31
長期増加傾向にある米国の知的財産投資
株式市場などではAI(人工知能)関連銘柄がブームになっている。ただ,経済全体で見た時,AIなどの知的財産への投資は,果たして新たな経済成長を導くのだろうか。
米国の研究開発,ソフトウェアなどの知的財産投資のGDP比は,長期上昇傾向にある。1960年代初めには1%台前半であったが,90年代初めには3%近くになり,現在は5%台半ばまで上昇している。一方,情報処理機器投資のGDP比は2000年頃まで上昇傾向にあった。しかし3%弱の水準でピークを打った後,低下して現在は1.6%程度だ。知的財産と情報処理機器以外の設備投資のGDP比は70年代末から80年代初めには10%以上であったが,その後景気循環に伴う変動を繰り返しながらも低下傾向が続き,現在は6%前後に留まっている。知的財産にはモノとしての実体がないことが多く,その点では米国では,個人消費支出だけでなく,設備投資においても需要が財からサービスにシフトする動きが続いていると言える。
全要素生産性の上昇率は鈍い
知的財産投資は技術進歩を促進することが期待されている。しかし,米議会予算局の推計によれば,技術進歩の動向を示す米国民間非金融部門の全要素生産性の上昇率は,60年代には年率2%程度であったものが70年代から90年代前半には,オイルショック後の一時的急落を除いても1%台前半に低下した。90年代末から2000年代初めのIT(情報技術)投資ブームに沸いた時期には,一旦2%前後に高まったものの,その後1%以下に低下した。足元では議会予算局の推計では1.1%程度に緩やかに上昇している。しかし,コロナ禍以降の供給制約の高まりや物価高騰を見ると,実際には生産性上昇率はむしろ低下し,供給能力の伸びは鈍っているのではないかと推察される。
知的財産投資が増えていなければ,全要素生産性上昇率はもっと下がっていたかもしれないが,少なくとも,知的財産投資が経済全体の成長力を高め,付加価値を増大させる効果は,それほど大きくないと言えるだろう。
企業利益が頭を打ち,設備投資は鈍化
税引き前企業利益のGDP比は,60年代には概ね10~12%程度であったが,80年代から90年代前半には7~8%程度に低下した。しかし,それ以降,景気循環に伴って大きな変動を繰り返しながら上昇し,2010年代以降,再び10~12%程度で推移している。知的財産投資は,既存の設備や労働力を代替することで企業の収益性を高める効果を持っているようだ。
足元で企業利益のGDP比は減少しており,企業利益に遅れて動く傾向がある設備投資は全体としては早晩鈍化しそうだ。人手不足感がある中,省力化に向けた知的財産投資は増え続けるかもしれない。知的財産に関わる分野とそれ以外の分野での強弱の格差が拡がることが予想される。ただ,経済全体では,需要は鈍化する一方,供給能力の成長率は高まりそうにない。AIなどの知的財産投資には,米国経済の新たな成長を牽引するほどの力はないと考えられる。
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