世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3027
世界経済評論IMPACT No.3027

FedNow稼働は通過点

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2023.07.10

決済がアメリカ金融市場の弱点

 アメリカでは2023年6月末にFedNowが稼働した。FedNowはFed(アメリカ連保準備銀行)が運用する決済システムであり,金融機関同士での24時間・365日のリアルタイム決済(RTS)が可能になった。これまでは1972年に稼働を開始したACHというシステムが銀行間決済に使われていたが,新しいシステムが加わることになる。また,銀行間のRTSが可能なFedwireというシステムも稼働時間の延長が検討されている。

 アメリカの金融市場は世界で最も発達しており,多様な金融機関が多様な金融商品を取引しているが,決済システムは時代遅れだった。BtoBの決済では手形がいまだに使われており,商品やサービスの売り手にとって,資金回収までの期間・費用(割引手数料など)・信用リスクが重荷になっていた。一方で,非効率的な決済市場は銀行やカード会社にとっては莫大な収益の源泉であり,それが関連業者によるFedNow批判を引き起こしている。

FedNowが実現させるもの

 アメリカでは,近年,VenmoやZelleのような個人でもリアルタイムで決済できるアプリが登場している。個人でも可能なリアルタイム決済は「インスタント・ペイメント」と呼ばれている。

 前述のように,アメリカでは支払いから着金までに手数料と時間がかかっていた。手形は資金の受け取りまでに時間がかかる。資金受け取り後に商品の発送,というサービスはシームレスな購入体験を求める顧客を逃すことになる。しかし,資金受け取り前に商品を発送すれば資金回収費用がかかる。ACHやFerwireは平日の昼間しか営業していないため,入金などの帳簿処理もリアルタイムに進められない。

 小売りではクレジットカードやデビットカードを使わざるを得ないが,高騰し続ける手数料がたびたび問題となっている。銀行やカード会社の決算が好調だということは,その背後で消費者や小売業者が損をしていることを意味している。

 FedNowは24時間・365日のRTSが可能であり,既存の決済サービスよりも低い手数料が設定されている。決済に関わる手数料が低下し,ビジネスのスピードは速まる。決済関連ビジネスや新しいアプリの登場,特に,小規模BtoB決済も含めたインスタント・ペイメントの分野が期待されている。決済スピードが上がるということは着金までの待ち時間が減るということであり,一時的な資金の借り入れを減らすことができる。金利負担の削減も大きなメリットとなる。

次の目標はクロスボーダー取引

 FedNowは新しい時代を切り開くように見えるがそうではなく,他国の水準にやっと追いついただけである。RTS決済システムは先進国だけでなく途上国でも当たり前のインフラであり,インスタント・ペイメントも多くの国で実現している。FedNowの稼働は到達点ではなく,通過点に過ぎない。今後は2つの方向での進展が不可欠となる。

 第1は,Fed Nowの本格的普及である。執筆時点では,複数の大手銀行がFedNow未参加であり,参加者の少なさがニュースになっている。非効率的な決済市場は決済サービス企業によって利益の源泉であり,FedNowが稼働すれば手数料収入や金利収入が減少する。公共の利益よりも企業の利益が優先されがちなアメリカで,FedNowがどこまで普及するのかが大きな課題となる。

 第2は,ドルのクロスボーダー取引への機能拡張である。銀行を通じた国際送金は手数料と時間の面で問題を抱えており,多くの国際送金業者が市場に参入している。ビジネスが国境を越えて展開しているにもかかわらず,国際送金のインフラ整備が進んでいない。当面は,USMCAの参加国,つまり,メキシコやカナダとのリアルタイム送金の実現が課題となるだろう。

 第2の点に関連して,ドルのデジタル通貨(CBDC)への期待も議論されている。デジタル通貨は既存の国内通貨とは別のシステムで作ることができるため,クロスボーダー取引を前提にした設計も可能となる。現時点でFedNowとデジタルドルを同列に扱うのは適切ではないが,将来はドルの決済システムとデジタルドルの決済システムの接続が必要になるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3027.html)

関連記事

川野祐司

最新のコラム