世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
割高感を増す米国株式
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.07.10
私事で恐縮だが,退職時のタイトルから元ストラテジストと名乗っているが,このコラムでは経済ファンダメンタルズに関する話題がふさわしいと思い,株式市場についてあまり触れてこなかった。ただ,私自身,株式市場に関心を持たなくなったわけではない。また,株価の動向が景気や経済政策の行方を左右することもある。今回は,私の米国株式に関する分析方法をご紹介すると共に,それに基づいて米国株式の現状について評価をしてみたい。
分析に使用するデータは,企業や株式に関するマクロ経済統計を中心に使っている。季節調整や在庫評価調整が施されていてデータの傾向がつかみやすいこと,経済全体の動向との整合性がとりやすいことなどが理由である。
株価の評価基準としてまず株価収益率(PER)を見ると,米国株全体のPERは,PER=株式時価総額/税引き後企業利益,という形で求められる。株式時価総額は,FRBが発表するFinancial Accountsから,税引き後企業利益は米商務省経済分析局発表のNational Income and Product Accountsから得られる。この方法で求めた2023年3月末のPERは24.8倍と,2000年以降の平均値の18.6倍を大きく上回っている。また,4-6月期の企業利益を1-3月期から横這いと仮定し,S&P500指数の上昇率などから6月末の株式時価総額を推計すると,6月末のPERは26.8倍となり,3月末から一段と上昇したと推計される。
PERの決定要因を考える上で,簡単な割引現在価値モデルを使っている。株式時価総額をV,税引き後企業利益をP,企業利益の期待成長率をg,金利をi,リスク・プレミアムをrとする。株式時価総額を税引き後企業利益の割引現在価値の集積と考えれば,以下の式のように表現される。
V=P/(1+r+i)+P(1+g)/(1+r+i)2+・・・・・+(P(1+g)n-1/(1+r+i)n・・・・・
これを変形すると,V=P/(r+i-g),PER=V/P=1/(r+i-g)となる。
金利iと企業利益の期待成長率gから期待インフレ率を引いて両者を実質化してもi-gの値は変わらない。そこで金利iには長期実質金利の指標として30年物財務省インフレ連動債利回りをあてはめる。一方,長期的に企業利益成長率と経済成長率は一致すると考え,gには経済成長率のトレンドの指標として米議会予算局が推計している潜在GDP成長率をあてはめる。
インフレ連動債利回りは3月には1.51%,6月には1.64%であり,議会予算局は潜在GDP成長率(前期比年率換算値)を1-3月期は1.81%,4-6月期は1.72%と推計している。これらの値とPERからリスク・プレミアムrを逆算すると,3月末には4.34%,6月末には3.81%と算出される。いずれも2000年以降の平均値6.21%を大きく下回っており,米国株式の投資家がリスク・テイクに積極的になっていることが示唆される。企業利益,金利,潜在成長率が変わらず,リスク・プレミアムが2000年以降の平均値だったとすれば,株式時価総額は3月末時点では実績値より31.5%,6月末推計値より39.1%減少する。それだけ足元の米国株は割高であり,過去3ヵ月で割高感が増していると言える。
ただ,割高感が大きいと言っても,米国株がすぐに大きく下落するとは限らない。この3ヵ月と同様に,さらにリスク・プレミアムが低下し,株価が上昇して割高感が増すこともありえる。何がリスク・プレミアムが上昇して株価が下落するきっかけになるのだろうか。
過去を見ると,2000年後半から2002年や2007年後半から2010年のように個人消費支出価格中央値上昇率が示す基調的なインフレ率と政策金利が低下に転じた局面でリスク・プレミアムは上昇している。一般にインフレ圧力や政策金利の低下は株式市場にとってポジティブな要因と考えられがちだが,それらを景気悪化の反映と見れば,リスク・プレミアムが上昇することも納得できる動きかもしれない。逆に,足元でのリスク・プレミアムの低下は,景気がまだ強いことを示唆していると捉えられる。今回も,景気がもっと弱くなってインフレ圧力が低下し,利下げ観測が強まってからの方が,リスク・プレミアムが上昇して,株価は下落しやすそうだ。いつそうした状況になるのかは,まだよくわからない。ただ,足元での割高感が大きいだけに,株価下落局面に入れば,大幅な下落になりやすいだろう。さらに,株価の下落が景気の悪化に拍車をかけたり,金融市場が全般的な危機に陥ることも考えられる。
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