世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
オーストラリアで見た出光興産の石炭からの壮大な撤退戦
(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)
2023.07.10
2023年4月,出光興産の子会社,出光オーストラリアが運営するボガブライ鉱山(オーストラリア・ニューサウスウェールズ州)を訪れる機会があった。2010年,19年に続く,3度目の訪問である。
この大規模炭鉱の生産量は,年間650万トンに達する。しかも,産出するのは,発熱量6,600キロカロリー/トンに及ぶ高品位炭で,発電用の一般炭だけでなく,製鉄用の原料炭としても使われる。オペレーターをつとめる出光の持分は80%。残りは,中国電力と日本製鉄が,それぞれ10%ずつを保有する。
高台から露天掘りの現場を見下ろすと,来るたびに,その雄大さに圧倒される。超巨大なエクスカヴェーター(最大のものは800トン)や巨大なトラック(最大のものは300トン)が動き回っているのだが,あまりに採炭現場が広大であるために,それらは小動物のようにしか見えなかった。
しかし,よく見ると,採掘現場の全体の形が,前々回,前回とは違っていることに気づいた。石炭の露天掘りが進むにつれて,現場の形状は変化するのだ。
後背地では,リハビリテーションのための植生が着実に育っていた。オーストラリアの炭鉱では,石炭採掘終了後,現場の植生を原状復帰させること義務づけられている。そのため,採炭が終わった土地には,再び土を盛り,元々育っていた植物を植えて,リハビリテーションの作業を進めることになる。
植樹後6年経ったというリハビリテーション用地は,すでに森のようになっていた。植樹後10年を経た場所は,近隣地区にある原生林と,まったく見分けがつかなかった。
出光は,採掘エリアを水平に拡大したり,垂直に深化させたりして,40年ごろまで,ボガブライ鉱山の操業を続けるという。日本の製鉄所と火力発電所は40年ごろまで石炭を原燃料として使うと見込まれているから,出光は,最後まで供給責任を全うしようとしていることになる。
一方で出光は,カーボンニュートラルへの流れが強まるなかで,着実に石炭事業からの撤退も進めている。同社は,2007年以降,オーストラリアの4ヵ所の鉱山で石炭採掘を行なっていたが,18年にタラウォンガ鉱山の権益を売却した。そして,23年には,マッセルブルック鉱山の生産を終結するとともに,エンシャム鉱山の権益を譲渡した。これらのうちエンシャム鉱山は,出光のオーストラリアでの石炭事業を長年にわたって牽引してきた存在であったから,その権益譲渡は,出光の石炭からの撤退が「本物」であることを,広く世に知らしめる出来事となった。
国連が15年に策定したSDGs(持続可能な発展目標)。17項目ある目標のうち,エネルギーに直接かかわるのは,第7項目である。そこに掲げられているのは,「エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」。この目標自体,ある意味で,矛盾を内包している。現状では,「エネルギーをみんなに」届けるためには,石炭に頼らざるを得ない。他方で,「エネルギーをクリーン」にするためには,石炭使用をやめなければいけない。この矛盾をはらむ難題に正面から取り組んでいるのが出光だと,言うことができる。ボガブライ鉱山の操業を継続することで,石炭の供給責任をはたしつつ,エンシャム鉱山の権益譲渡等を進めることで,「脱炭素」の社会的要請にもこたえているからである。
ボガブライ鉱山に近いタムウォースの町で行なったミーティングで,出光オーストラリアの方々は,同社のオーストラリアにおけるポスト石炭戦略を,熱い調子で語った。それは,三つの柱からなっている。
第1は,レアメタル開発事業の展開である。第一段階としてリチウム,コバルト,バナジウム,タンタルに注力することを決め,すでに具体的な形で,バナジウム事業やリチウム事業に着手している。出光オーストラリアがレアメタル開発事業に注力するのは,①オーストラリアにはレアメタル,レアアース資源が多く賦存し,事業化のポテンシャルが大きい,②オーストラリア政府(連邦・州)が該当事業者を積極的に支援する方針を掲げている,③採掘事業,許認可のノウハウ,地元対応,鉱員の労務管理等,石炭事業との親和性が高い,という三つの理由による。
第2は,再生可能エネルギー事業の地域ぐるみでの展開である。例えば出光オーストラリアは,115年の炭鉱の歴史に幕を閉じたマッセルブルック鉱山(ニューサウスウェールズ州)の跡地に,163MWの太陽光電池と揚水発電の下池を設置することを検討している。炭鉱跡地を新しい再生可能エネルギーの拠点に転換し,雇用創出と経済活性化を図って,地域コミュニティに貢献するモデルケースにしようとしているのである。
第3は,オーストラリアの各地でカーボンニュートラルに資する新原燃料の輸出事業を遂行することである。対象となる新原燃料は,水素,アンモニア,ブラックペレット,バイオ燃料,SAF(持続可能な航空燃料)などである。出光オーストラリアは,あわせて植林と組み合わせたカーボンクレジット事業の展開も検討している。
出光は,石炭事業であげた収益等を用いて,これらの新事業に取り組もうとしている。それは,未来を切り拓く,壮大な石炭からの撤退戦だと言える。織田信長の第一次朝倉攻めの際に豊臣秀吉や明智光秀がしんがりをつとめた「金ヶ崎の退き口」を想起させるような,歴史に残る撤退戦が,今,始まろうとしている。
- 筆 者 :橘川武郎
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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