世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3020
世界経済評論IMPACT No.3020

底冷え続く中国不動産業界

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.07.03

 昨年12月の「金融16条」発動により,不動産開発業界に対する財務規制と資金融通が緩和され,業界の崩壊は回避された。しかし,物件や借金の「売れない,作れない,返せない」という状況に大きな改善は見られない。北京,上海,あるいは武漢など一部大都市では値ごろ感から回暖の動きも見られるが,取引が相応に活発なのは中古住宅であり,新築住宅の動きは鈍い。ゼロコロナ政策解除後の中国経済回復が緩慢である大きな要因が不動産業界の低迷である。

 国家統計局によれば,1−5月の新築住宅販売金額は前年比8.4%上昇したものの販売面積はマイナス0.9%となった。ただ,昨年1−5月の販売金額の落ち込みは31.5%だったので回復の姿には程遠い。5月の住宅用不動産の在庫は6億4,120万平米と前年同月比15.7%もの増加となった。新規開発を抑制し,政府の「保交楼」政策に応えるべく既存物件を竣工させる一方で,積みあがった在庫の販売に悪戦苦闘するという姿がこれらの数字からも垣間見える。

 また上述のように物件販売が依然水面下に留まっているため,企業業績の悪化も顕著である。2022年の上場不動産開発企業69社の決算は,全社併せて527億元の赤字となった。2021年は小幅の赤字に留まっていたが,これが大幅に拡大した。赤字決算企業は上場企業のほぼ半数を占めた。赤字幅が前年よりも拡大した企業は10社,赤字額が100億元を超えた企業は13社に上る。2年連続赤字決算となった企業は9社である。業績悪化が顕著なのが世茂集団である。同社の2020年の売り上げは1,353億元だったが,翌21年に国内の同業他社の買収に踏み切り,売り上げを2,691億元に急増させた。しかし,2022年には865億元に急落,今年の第1四半期も221億元と前年にも及ばない水準に縮減している。

 業績悪化に加え,債務不履行に陥った結果,株価が1元を割った上場企業は12社(世茂,宋都,濫光,中天,陽光城など),株式の取引停止に追い込まれた企業は10社(祥生,佳源,大唐,恒大,世茂,花祥年,当代など)にのぼる。いずれも一世を風靡した不動産開発企業だ。期限までに決算報告を開示できなかった企業(監査人がネガティブオピニオンを付与したため)や債務不履行に陥った結果である。社債が償還困難に陥った企業は5月末までに89社,511件,金額にして2,324億元に上っている。恒大集団のように次から次へと償還を迎える社債が軒並み債務不履行に陥る企業もある。同社の債務不履行額は社債だけで2,400億元に上っているし,債務返済を巡る訴訟は一件あたり3千万元以上の事案だけでも1,317件に上っている。

 「金融16条」の発動により,資金繰り難に陥っていた不動産開発業者が一息ついたことは間違いない。しかし,それが直ちに融資拡大につながったわけではない。業界関係者は「雷声大雨点小(盛大な雷鳴にも関わらず雨は少ししか降らない)」と嘆く。金融機関も新規の与信には慎重である。赤字企業や,返済遅延を起こした企業に喜んで追加融資を行う金融機関などいない。このため,債務不履行に陥った少なくない開発業者が,「債務不履行→返済繰り延べ→返済遅延→繰り延べ・・・・」の無限ループに陥っているようだ。

 資金調達がある程度スムーズに行えるのは大手国有不動産開発業者に留まっている。1−4月に償還期限が到来した社債の元本は3,323億元だが,新たな発行額は903億元に留まった。そのうち90%が国有企業による発行だった。

 しかし,そうした中でも,債務処理は着実に行われている。その方法は様々だ。債権者が抵当権を行使し差し押さえた物件を競売にかける動きが各地で頻発している。最近注目を浴びたのが,世茂集団が深圳龍崗市で開発中の物件で延床面積145万平米,2025年竣工予定の物件である。物件の評価額は163億元だが,入札開始価格は130億元とのことだ。小口物件が競売にかけられるケースが殆どであるなか,開発中の大型物件が競売にかけられるのは珍しい。現下の状況で民営企業が入札に参加するのは難しい。大手国有企業が落札するのではないかと囁かれている。

 在庫物件の値下げもごく当たり前に行われるようになっている。地方政府は市況の暴落を防ぐために販売価格を監視しているが,背に腹は代えられないのか,10~20%の値引きは大目に見られるようになっているようだ。「以価換量」である。また,建設業者に対する支払いを現物で行うケースも出ている。当然,従業員のリストラも行われている。売り上げ上位100社のうち昨年から今年にかけて人員削減を行ったのは43社,解雇人員は合計12万人にのぼるという。解雇数が最も多かったのは比較的経営状態が良い碧桂園でも3万人に上った,次いで債務違約に陥った融創中国が2.7万人である。総じてみると従業員の5~10%削減が行われているようだ。

 関連業界への影響も小さくない。不動産開発業界は建築資材などのサプライヤー,内装業者,販売仲介業者などの関連事業を含めれば中国のGDPの25%を占めると言われる。建築資材価格を見ると,昨年来軟化傾向が続いている。鉄筋の価格は,2022年4月でトンあたり5千元だったが不動産市況の悪化に伴い続落し,11月には3,500元となった。その後年始にかけて4千元まで戻したものの,4月以降軟化し4千元を割り込む動きが続いている。セメントの需要も低迷している。セメントの出荷率は2021年の80%から22年には40%に急落,今年に入ってからは20%まで落ち込んでいる。

 不動産業界の最盛期には,「双十八」という言葉が流行った。販売総額18兆元,販売面積18億平米という意味だ。これが2022年には「双十三」となった。市場規模は3割程度縮小したわけだが,今後はこの水準が「新常態」となるというのが業界の見方のようである。業界の国内債も含めた債権償還額は今年後半だけで2,300億元,来年以降は2.2兆元という規模である。業界規模が縮小する中,借りたお金は返さなければならない。企業の淘汰と併せ業界在庫と債務の処理を進め,新たな均衡状態を取り戻すには相応の期間を要する。それだけ中国経済回復の足は引っ張られることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3020.html)

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