世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イノベーションの源泉をめぐって:地域企業からのひとつの気づき
(関東学院大学 客員研究員・広島市立大学 名誉教授)
2023.07.03
先日,初めて赴任した大学の先輩方と,コロナ禍も一応の落ち着きを見せたということで,博多で久しぶりに会食をした。みなさん元気であったが,なかでも最年長の80歳代前半の先生が一番豊潤な生活を過ごされているようであった。昔の趣味の復活だけでなく,新しいことにも「好奇心」旺盛であった。チャットGPTのアプリも携帯に入れ,いろいろと試しておられた。
ところで,イノベーションの源泉について,エリック・フォン ヒッペルが一冊にまとめている(原著1988:榊原清則訳1991)。それによると,「科学機器のイノベーション過程におけるユーザーの支配的役割」(1976)を端緒とした発見を含めて,イノベーションの多くは,メーカーでなくユーザー(科学機器77%,半導体と電子アセンブリー製造67%)によるものだった。イノベーションへの期待便益の差が担い手の違いを生み,ニーズの先取りをするリード・ユーザーの存在に気づいたのだった。
ヒッペルはまた,同書の「ライバル企業間のノウハウ取引」で,「情報の粘着性(stickiness of information)」の概念についてふれている。メーカーは技術情報に長け,ユーザーはニーズ情報に長けているが,双方の情報移転は思いのほか容易ではない。イノベーションは,ニーズ情報と技術情報がかみ合うことで,日の目をみるという指摘である。
つまり,問題と捉えて解決が必要であると感じる情報と,その問題への解決策を生み出していくための情報とが,うまく絡み合えばイノベーションが生まれるというのである。
「必要と感じる」ニーズ情報と「その解決策を生む」技術情報,いわば感性と技術が,エジソンのように一人に包含されていれば一番いいのであろうが,社会が発展し,分業化・組織化が進んでくると,感性と技術の間に距離が生まれてくる。そうなると,1990年代の人が喜ぶものをと生まれた「感性工学」がそうであったかもしれないが,組織内あるいは組織間でニーズ情報と技術情報の相互共有・相互移転の有用性が増してくる。しかし,これらの情報の移転費用はアローが言うようなゼロではないし,簡単には移転できない。そこで,組織改編や企業間提携,異業種交流,あるいは消費者の声の取り込みなどが採用されてきた。
概して中小企業であり,経営者と現場また顧客との距離の近い「地域企業」であれば,ユーザー(顧客)のニーズ情報を踏まえ,メーカー(企業)側で技術情報の改変・展開をさせ,イノベーションにつなげていくことは,創業経営者の資質・態度またファミリー経営による意思決定の迅速さなどもあり,相対的に容易であるし,それを継続させていく可能性も高い(大東和:2023)。
イノベーションについて,他方で,セレンディピティ(serendipity)の有用さを取り上げる視点がある(茂木:あすか会議2013)。イノベーションはあらかじめ計算できるものではないので,生まれるのは偶然の出会いによってであるという見方である。しかし,この偶然は単なる偶然ではない。前提がある。その前提を茂木は3Aといっている。アクション(Action),まず,何かをやっておかなければ,偶然も生まれない。アウエアネス(Awareness),気づきが出会いにつながる。しかも,気づきは,近視眼的でなく,全体を柔らかく見ておくなかで得られることが多い。アクセプタンス(Acceptance),受け入れる。これまでの成功体験とは異なり超えることであっても感情に左右されず受容することができなければ,偶然の出会いとならない。さらに,これらをいつもルーティンとして回しておくことで偶然の出会いに恵まれる。つまり,日常の大切さを言い,それは,パスツールの言葉「構えのある心(The prepared mind)」に置き換えてもいいのかもしれない。
イノベーションをつかむために,自身の大切さはいうまでもないが,他者との関係も忘れてはいけない。それも情報共有が行われているコミュニティ内よりも,それを超えたところで得られる情報,気づきも大きい。自分の殻に閉じこもることなく,扉を開放しておくことの有用さである。
ただ,偶然と出会う,偶然をつかむために,自らの足元ないし内面の掘り下げていくことと,ネットワークとりわけ弱いきずなも含めたネットワークのチューンナップ(調整,手入れ)との両立は案外と難しい。
しかしながら,近著(2023)で取り上げた地域企業4社は,それぞれに両立ができている。「地域」と創業者の「想い」を軸に変容しながら発展しているArchis,弱いつながりの機会を発展させ化粧筆を国際展開させた白鳳堂,ユーザー(取引先)との関係から自らの足元を強めていく循環を発展させたカイハラ,「地域」の意味を拡げ,複層的に足元を見ながら国際事業展開をしているツネイシ,それぞれのイノベーションは多様であるが,それぞれに偶然を必然にさせていったかのように,両立をさせている。
この両立につなげるためのキーワードをひとつだけあげるとすれば,「好奇心」であろう。自らへの好奇心,他者への好奇心,社会への好奇心があれば,自らも変わっていける。また,それは社会を変えていくことにもなるし,変えてしまうことにもなる。
そんな可能性を久しぶりに会った先輩から教えてもらった。まさに,あらためて視野を拡げてもらう場であった。
[主な参考文献]
- エリック・フォン ヒッペル,榊原清則訳(1991)『イノベーションの源泉:真のイノベーターはだれか』ダイヤモンド社
- 大東和武司(2023)『地域企業のポートレイト—遠景近景の国際ビジネス』文眞堂
- 小川進(2013)「ユーザーイノベーションはどのように発見されたのか」『PRESIDENT』2013年2月18日号
- 茂木健一郎(2017)「イノベーションの源泉「偶然の幸運」を引き寄せる3つのAとは?」
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