世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3002
世界経済評論IMPACT No.3002

クリス・ミラーが『半導体戦争』を語る:冷戦から生まれた半導体競争

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.06.19

 『半導体戦争』の著者クリス・ミラー(Chris Miller,以下,ミラー)は,3月16日に開催された台湾・天下雑誌主催のフォーラム(CWEF)に出席し,講演とTSMC創業者張忠謀(モリス・チャン)との対談を行った。『半導体戦争』は昨年10月に出版され,ベストセラーと同時に『フィナンシャル・タイムズ』の「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2022」の受賞作として注目された。ミラーはタフツ大学フレッチャー法律外交大学院国際歴史学准教授である。本稿では,ミラー氏が講演会で論じた世界半導体産業に対する研究と観点を紹介する。

 ミラー氏は経済史の視点から冷戦前の世界情勢を出発点とする時間軸に沿って,半導体の発展過程の様々な出来事を緻密に解説した。以下はミラー氏がフォーラムで行った講演の要旨である。

 

 ミラー氏の問題意識は,半導体産業の発展史を北米,アジアおよびヨーロッパなどの3大洲を越えて探求することである。この講演では,半導体の誕生と演算能力(コンピューティング・パワー)の進歩が,地政学上の競争と関わっており,半導体と軍事力の関連性は,この産業が誕生した時から始まっていたと伝えた。

 第1に,半導体は冷戦下の軍備拡張競争の中で誕生して以降,各国の軍拡競争の一角を形成した。第2に,グローバリゼーションと米国一極の巨大な軍事覇権に関係性があると主張する。

 第3に,現在,アジアを主な舞台に米中対立による軍拡競争が再燃していると指摘した。最後に,各国軍隊はAI(人工知能)を軍事システムに応用しようとするが,その軍事システム自体は先端半導体(HPC=ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)に依存しているとした。

 20世紀中期,最初に軍事用途に使われたコンピュータは,ドイツの暗号を解読したコロッサス・コンピュータ(Colossus=第二次世界大戦の期間中,ドイツの暗号通信を読むための暗号解読器としてイギリスで使われた専用計算機である。電子管を計算に利用)や,弾道計算に使われたエニアック・コンピューター(ENIAC=米国で開発された黎明期の電子計算機)などがあった。冷戦期の軍拡競争におけるミサイル配備計画は,演算能力の進歩を促す最も重要な推進力であった。ペンタゴン(国防総省)からの発注がなかったら,今日のシリコンバレーは存在しなかったとミラー氏は述べた。

 1950年代に半導体が発明されて以降,半導体は弾道ミサイルとロケットの開発計画に主に用いられてきた。アポロ計画では,最も早い時機に発明された半導体チップを用いた宇宙船によって,宇宙飛行士を月に送り込むことができるようになった。また,ミニットマンⅡミサイル(Minuteman II)にも最初に開発された半導体チップが使用された。

 半導体チップ初期の企業であるテキサス・インスツルメンツ(TI)やフェアチャイルド・セミコンダクター(Fairchild Semiconductor)の顧客の大半は,米国空軍,陸軍とNASAであった。これらの国防機関は,演算能力の発展推進に極めて重要な役割を果たした。特に,小さい計器に入れる計量・小型の半導体チップは,軍事ニーズによって誕生が促された。

 冷戦の軍拡競争に,米国政府は大幅な予算を投資したため,今日のシリコンバレーが誕生した。例えば,テキサス・インスツルメンツ(TI)では,米軍のレーダー設備,音声測定ソナー設備および演算能力を必要とする様々な設備の開発に取り組んだ。冷戦の軍拡競争で軍事用半導体の開発者は大きな恩恵を受けた。

 TIのジャック・キルビー(Jack Kilby)やフェアチャイルド・セミコンダクターのロバート・ノイス(Bob Noyce)が集積回路を発明した時から,半導体は国防総省とは切り離せない関係になっていたのである。

 1950年代と1980年代,TSMCの創業者張忠謀(モリス・チャン)のTIでの同僚ウエルドン・ワード(Weldon Word)は,レーザーによるミサイルのペイブウェイ(paveway=米国の航空爆弾の名称。"PAVE"とは「Precision Avionics Vectoring Equipment(精密航空電子誘導装備)」の略称である)の発明者である。攻撃する目標のルートをミサイルに内蔵された半導体の演算によって誘導する仕組みである。米軍は半導体が通信システム,探査システムや誘導システムなど多種多様に応用が利くことに気づくようになった。

 更に米軍は,半導体が近代戦の基礎を構築できることにも気がついた。ベトナム戦争で米軍は最初のレーザー誘導ミサイルを使用した。しかし,大きな成果を出さなかったため,レーザー誘導ミサイルが使用されたことはあまり知られていない。結局,米軍にとって,ベトナム戦争は新しい兵器の試験場所であり,シリコンバレーで開発された最新型武器をこの試験場で検証し,米軍のシステムとして構築していった。

 1970年代と80年代の開発された新型兵器は,最終的にはすべての軍事システムに組み込まれた。空軍,海軍,陸軍など異なる軍種を越えた軍事ネットワークを構築し,一層緻密で正確に目標を打撃できるミサイルシステムを開発するようになった。

 崩壊前のソ連は米国の先端半導体が兵器に内蔵され戦場に投入されることを恐れていた。特に米軍の新型誘導ミサイルシステムは,長距離で精度が高い打撃能力を備えたもので,旧ソ連は軍拡競争で敗色を色濃くさせた。言い換えれば,米国の半導体の演算能力が軍事システムに組み込まれたことが,冷戦の終焉に直接的な影響を与えた訳である。

 旧ソ連はシリコンバレーのイノベーションの速度に追従することはついにできなかった。半導体の誕生から,旧ソ連の科学者の座右の銘は「複製(コピー)」であり,米国や日本,ヨーロッパの技術の“複製”を試みていた。しかし,半導体産業において“複製”での競争は無意味である。仮に旧ソ連が生産ラインを持ち,半導体生産を開始したとしても,その時に米国などの半導体技術は次世代へと大幅に躍進しているからだ。旧ソ連の国防軍事の政策決定者は,半導体開発に多額の資金を投じることもしなかった。そのため,旧ソ連は小規模,低品質,技術の集約度が低い半導体産業しか持ち得なかった。

 こうした政策は結果的に旧ソ連の経済発展を遅れさせ,同時に自国の崩壊による冷戦の終焉を決定付けた。要するに米国は,先端半導体を製造し,軍事目的に応用し,冷戦を終結させた。シリコンバレーと冷戦を歴史の視点から見ない場合,この物語の結論を理解することができないだろうと,ミラー氏は述べている。

 その後,半導体チップは,軍事産業からハイテク産業へと移行していった。韓国と台湾は半導体産業に多額を投資し,サムソン電子やTSMC(台湾積体電路製造)などの世界一流の企業を誕生させた。また,グローバリゼーションの中で独り勝ちした米国は「パクス・アメリカーナ」から得る平和と秩序を享受したが,これは多額の資金を軍事力に投下する必要がないからこそ達成できたものとミラー氏は主張する。

[参考文献]
  • クリス・ミラー著(千葉敏生訳)『半導体戦争:世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』ダイヤモンド社,2023年。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3002.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム