世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
企業国際化戦略の課題
(常磐大学 教授)
2023.06.19
感染症や地政学のリスクの高まりが,海外生産拠点の再編等,企業の国際化に大きな影響を与えるのを,我々は目の当たりにしている。外部環境が企業に影響を与えるが,企業も外部環境に影響を与える。そういった相互作用性を加味したものを戦略というが,本稿では,基本に立ち返り,企業国際化戦略の課題を整理してみたい。
パンカジュ・ゲマワット(ニューヨーク大学スターン・ビジネススクール教授)は,現在のグローバル化が進展している世界を「セミ・グローバリゼーション」または「ワールド3.0」と表現する(Ghemawat, P., “The Cosmopolitan Corporation,” Harvard Business Review, 2011, 89(5), pp.92-99)。ワールド1.0は自律的な国民国家の集合体の差異性のある世界であり,ワールド2.0はフラット化した共通性のある世界のことであるが,現実を意味するワールド3.0は共通性(類似点)と差異性(相違点)すなわち「標準化」と「多様化」の構造を持つ世界であるという。この標準化と多様化は,共通性と差異性の認識という企業の国際的活動で直面する課題であり,企業の国際化について論じる際の古くて新しい問題でもある。
そして,パンカジュ・ゲマワットによると企業の国際化の方法は3つに大別されるという(Ghemawat, P., Redefining Global Strategy: Crossing Borders in a World Where Differences Still Matter, Harvard Business School Press, 2007)。最初に,世界の共通性に主眼を置いた「標準化」(Aggregation)であり,次に,国ごとの異なる市場ニーズに対応する市場志向の「適応化」(Adaptation)であり,最後に,国ごとの異なる特性(比較優位のことで,例として低い労働コスト)を活かす資源志向の「裁定化」(Arbitrage)である。これらは,3つの英語の頭文字から,トリプルA戦略とも呼ばれる。
前述の標準化と多様化の観点から,この3つの方法を分類してみると,標準化は国際的な標準化のことであり,適応化と裁定化は多様化の方法となり,標準化と多様化の世界に対応するために,企業には,標準化と適応化と裁定化という3つの方法があるということが分かる。
標準化と多様化の構造を持つ世界における企業の国際化戦略そしてそれを反映した組織については,インターナショナル,マルチナショナル,グローバル,トランスナショナル,メタナショナルの段階(進展)があることが分かっている(浅川和宏『グローバル経営入門』日本経済新聞社,2003年)。
インターナショナルでは,本国の知識や資源を海外に移転することを基本とする。マルチナショナルとは,知識や資源を保有した自律的な海外子会社が現地の機会を感知し対応することである。グローバルでは,知識や資源は本国に集中しており,海外子会社は本国の戦略を実行することになる。トランスナショナルとは,知識や資源は分散し,相互依存的であり,海外の組織単位ごとの役割を分けて世界的に調整されていることである。そして,メタナショナルとは,本国に立脚した優位性を超え,本国と海外また企業内と企業外との相互作用により新たな価値を生み出し,企業の境界と国境を越えてグローバルな規模で優位性を獲得していくことであり,環境変化を感知し,知識や資源の(再)形成・(再)配置を行う能力,すなわちダイナミック・ケイパビリティが重要となる。これは,特に2000年代以降の国際化戦略で,例えば,新興国の資源の制約条件を克服するジュガード・イノベーション(フルーガル・イノベーション),新興国で開発した簡素な機能で低価格の製品を先進国で販売するリバース・イノベーション,さらに企業間のイノベーションで注目されているオープン・イノベーション等も含まれる。
そこで,上記の企業の国際化戦略の各段階を,国際化の3つの方法によって整理してみると,インターナショナルは(低度の)標準化と適応化あるいは裁定化を基本とし,マルチナショナルは適応化に重点を置き,グローバルは標準化に重点を置き,トランスナショナルは(高度の)標準化と適応化に重点を置き,そしてメタナショナルは標準化と適応化と裁定化を基本としている。
現代の企業の戦略を考える際には,ICTの進展を背景に,一方の財が売れると他方の財も売れることで価値をつけてくれる関係の補完財のレイヤー構造(例としてスマートフォンとアプリの関係)と財の提供の流れを意味するバリューチェーン(直接財ともいい,例として開発から生産そして流通といった流れ)からなるビジネス・エコシステムの視点が重要となっている。レイヤー構造とバリューチェーンは,どのような活動を自らが行うのかという企業の境界の設定に関わるものである。
以上のことから,メタナショナルとは,国境と企業の境界の選択を柔軟かつ動態的に行い,グローバルな価値創造のネットワークを構築することであり,レイヤー構造,バリューチェーン,国境(国内,海外)の3つの軸からなるグローバルなビジネス・エコシステムとして捉え,さらに国際化の3つの方法をもって自社を位置付けることが現代の企業国際化戦略の課題となっているといえよう。
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村中 均
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