世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2993
世界経済評論IMPACT No.2993

“Run!Don’t Walk!”:台湾大学卒業式でNVIDIAのCEOの言葉

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.06.12

 5月27日,台湾大学の卒業式のゲスト・スピーチにNVIDIA(エヌビディア)のジェンスン・フアンCEO(最高責任者)が招かれた。台南生まれのジェンスン・フアンは4歳でタイに,9歳の時にアメリカに移住した。冒頭にジェンスン・フアンは,自分は台湾語が下手ため,英語で講演すると流暢な台湾語で述べ,卒業生たちの笑いを誘った。本稿ではジェンスン・フアンのスピーチを紹介する。詳細の内容を知りたい方は添付のYouTube(RUN!Don’t Walk!顯卡教父黃仁勳台大畢典致詞)から視聴されたい。

スピーチの要旨

 私がオレゴン州立大学を卒業した1984年当時,世界はシンプルで,テレビはまだフラットではなく,ケーブルテレビもありませんでした。MTV,携帯電話,モバイルもまだ発明されていない時代です。1994年になると,IBMとアップルのパソコンが「PC革命」を呼び起こしました。これにより半導体とソフトが大きく躍進しました。しかし,君たち卒業生たちの時代は大変複雑な世界となり,地政学的,社会・環境の変化と課題に直面しています。現在,AI(人工知能)によってコンピュータは自動化の(パンドラの箱の)ドアを開き,AIの演算プログラムによって自動車は自動運転でき,X線影像の分析,ヘルスケア,金融サービス,運輸・製造などを発展させ,世界は数兆ドル規模の産業を生み,AIは巨大なビジネスチャンスをもたらしています。

 君たちは今日から新たな人生の旅に出発します。国立台湾大学を卒業する今日,君たちはこれまでの人生で最も大きな成功を掴みました。私もNVIDIAを創業する前は同じような成功を味わっていました。NVIDIAを立ち上げるや,様々な屈辱的で恥ずかしい失敗をし,NVIDIAは壊滅寸前まで行きました。しかし,自らの失敗を謙虚に認め,真摯に対応し,将来性のあるビジネスを堅持するように努めました。競争に勝てないと感じると,その分野から素早く撤退もしました。今日のNVIDIAの形を作った3つのエピソードを紹介しましょう。

 最初のエピソードですが,NVIDIAのビジョンは,演算処理技術の加速化を追求することでした。最初に開発したのは,PCゲームの3D図案処理の応用技術でした。非伝統的テクスチャ(質感)処理技術であり,コストは比較的に安価でした。そのため,NVIDIAは日本のゲーム大手SEGA(セガ)と契約を結ぶことができ,製品のプラットフォームを開発しました。しかしこの時,我々は自らの戦略の間違えに気が付きました。技術的に貧弱であったのです。当時,マイクロソフトはWindows95 Direct 3Dを発表しようとしていました。多くの企業はこの3Dチップサポート技術を採用しました。私たちの製品の間違えはWindowsとの互換性がないことだったのです。仮にSEGAのゲーム機がNVIDIAの製品を採用した場合,Windowsとの互換性のないことで大きな損害をSEGAに与えてしまうことになります。しかし,この契約を完了できない場合,NVIDIAは開発費の賠償で破産の危機に直面することになります。

 私は,SEGAの入交CEOに連絡し,NVIDIAの開発に間違いがあったことを詫び,「NVIDIAは契約の通りのゲーム機を完成することができない。SEGAは,他のパートナーを直ちに探すことだ」と伝えました。しかし,「私たちはSEGAからの支払いが無いと倒産する」と苦境について恥を忍んで話,支払いをお願いした。大変驚いたことに,SEGAの入交CEOはこの要求を受け入れ,SEGAは6カ月の猶予期間を与えてくれました。

 その後,NVIDIAは資金が無くなる寸前に,「Riva128(リバ128)」の開発に成功しました。「Riva128」とは,従来の 2Dおよびビデオ・アクセラレーションに加えて,3Dアクセラレーションを統合した最初のコンシューマGPU(画像処理演算装置)です。「Riva128」は3D 市場で爆発的な人気を得て大いに売れ,NVIDIAの企業運営を軌道にのせ,倒産の淵から救ってくれました。自らの過ちを謙虚に謝り,真摯な態度で助けを求めることがNVIDIAを救ったことになります。

 2番目のエピソードは,2007年にNVIDIAは「CUDA(クーダ)」というGPU向けの汎用並列コンピューティング・プラットフォーム(並列コンピューティング・アーキテクチャ)およびプログラミング・モデルを発表したことです。GPUを利用しプラットフォームを開発し,演算処理技術を加速することができました。CUDAは,サイエンス演算処理技術,物理シミュレーション技術および画像処理技術を結合した斬新な演算モデルで,開発が大変困難で,歴史的にも稀な発明となりました。GPUのゲームの最先端グラフィックス・カード「GeForce」は,既にゲーム市場で多くの使用者を擁する基礎を築いていました。しかし,CUDAの開発コストは高く,これによってNVIDIAの利潤は,数年間にわたり低迷を続けました。NVIDIAの時価総額は10億ドルを僅か上回る程度で,長年の業績の低迷に苦しみました。株主たちはCUDAの開発に懐疑的で,私に対して利潤の追求を要請してきました。

 ですが私は,「運算処理加速の時代」が近いうちに到来するとの確信を堅持し,「GTC (GPU Technology Conference)」を開催し,強い意識をもって世界に「GUDA」の長所を宣伝しました。その後,NVIDIA Quadro GPUカード「SKY-QUAD-GV100」は,Turing™ GPUアーキテクチャに採用され,分子動力学,粒子物理学,流体力学と画像処理などの領域で広範囲で使用われるようになりました。「SKY-QUAD-GV100」は,伝統的グラフィックス・カードと比較して6倍もの性能を向上させました。

 2012年,「AlexNet」(Alex Krizhevskyの博士課程の指導教官のIlya Sutskeverおよびジェフェリー・ヒントンが共同で設計した畳み込みニューラル・ネットワーク(CNN)の構造の名前)のAIの研究者は,「CUDA」を使い,GPUの「GeForce GTX 580」でディープラーニング(深層学習)を行うことで,AI領域で注目を浴びるようなりました。ディープラーニングの潜在力が注目されるようになったのです。NVIDIAはリスクを冒して「ディープラーニング」に全力を注入しました。数年後,「AI革命」が始まり,NVIDIAは時代の“寵児”になったわけです。

 3番目のエピソードはモバイル・チップからの撤退です。2010年,Googleは画像機能の汎用モバイル・オペレーティング・システムであるAndroidシステムを開発し,スマートフォンでモデム専用の半導体チップが必要になりました。NVIDIAがこの領域での演算処理能力の優位によって,Androidの協力パートナーになりました。ここでもNVIDIAは成功を収め,株価は急速に上昇しましたが,同時にライバルも競争に参入してきました。スマートフォン市場は非常に大きいのですが,NVIDIAはある程度の市場シェア獲得することができました。しかし,NVIDIAは,この市場からの撤退を決断しました。NVIDIAの使命は,普通のコンピュータが解決できない問題を解決できるようにすること。独創的な技術での貢献を追求することがNVIDIAのビジョンです。NVIDIAはスマートフォン市場から撤退し,替わりにロボット技術の神経ネット処理とAI演算の枠組みという新しい市場を創造し始めました。君たちのように聡明で今まで成功の道を歩んできた人々にとって「撤退」を決断することは容易ではないと思います。しかし,戦略的な撤退とは,成功の核心でもあるのです。

 現在はAIの時代です。将来に君たちは私たちのように全力で夢を追求することです。「Run!Don’t Walk!(走りなさい!歩いていてはいけません!)」。君たちは,獲物を追いかけないと,君たちが他人の餌食にされてしまいます。君たちは私たちの経験と教訓を吸い取り,謙虚な態度で失敗に向き合い,自らの失敗を認め,誠意をもって支援を求めてください。君たちは夢の実現のために必要な苦痛と苦難を背負い,犠牲を厭わず,君たちの人生を有意義にする事業に尽力してください。 2023年の卒業生たちよ,心を込めて君たちの船出を祝します。“がんばれ!”。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2993.html)

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