世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
期待される南アジア3か国のRCEP加入
(亜細亜大学 特別研究員・ITI 客員研究員)
2023.06.12
スリランカRCEP加入意思を表明
スリランカがRCEPへの参加意思を表明した(注1)。CPTPPには2021年に英国をはじめ中国,台湾などが加入を申請し,英国の加入は2023年3月に合意に達しているが,RCEPへの加入の意思表明は初めてである(注2)。RCEPへの加入は,20.9条で「この協定は,この協定が効力を生じた日の後18カ月を経過した後,全ての国又は独立の関税地域による加入のために開放しておく。加入は,締約国の同意を条件とし,かつ,締約国と当該国又は独立の関税地域との間で合意された条件に従わなければならない」と規定されている。CPTPPでは,新規加入を希望する国は原署名国と同様に高水準の自由化と高度なルールを受けいれねばならないという高いハードルがあるが,RCEP加入のハードルは低い。
RCEPは,第1条で「現代的な,包括的な,質の高い,および互恵的な経済上の連携」を構築することを目的として掲げている。「互恵的」とは後発開発途上国(LDC)であるカンボジア,ラオス,ミャンマー3国およびベトナムへの柔軟性および特別かつ異なる待遇によりこれら開発途上国がRCEPのメリットを享受できることを意図している(注3)。RCEPは途上国が参加しやすいFTAである。スリランカの一人当たりGDPはベトナムとほぼ同水準であり,ベトナムと同様な特別かつ異なる待遇が適用される可能性が高い(注4)。RCEP加入により輸出および域内投資が増加すれば経済危機からの回復への推進力になる。スリランカのRCEP加入を認め参加を支援すべきである。
南アジア3か国の構造問題
スリランカはコロナ・パンデミックによる観光業の低迷,輸出の低迷から2020年はGDP成長率が−4.6%となった(注5)。2021年は3.5%に回復したが,2022年は有機農業化を目的とする化学肥料の輸入禁止により米などの生産が減少し食糧輸入の増加にロシアのウクライナ侵攻後の燃料などの輸入額の増加が加わり,経常収支赤字が拡大,通貨も大幅に下落した。外貨準備は2020年2月の75億ドルから2021年11月には10億ドルに減少し,債務返済が困難になった。2022年3月の通貨切り下げにより燃料不足,計画停電,インフレ高進など経済危機が深刻化,2022年5月にはデフォルトに陥り,2023年3月にIMFの金融支援を受け入れた。2022年のGDP成長率は−7.8%となり,2023年も−3.0%の見通し(ADB)である。
パキスタンはエネルギーなど輸入の増加により経常収支赤字が拡大し,外貨準備が2022年3月の114億2500万ドルから2023年2月に38億1400万ドルに急減した。デフォルト懸念を沈静化するためIMFと総額70億ドルの金融支援に向けて合意を急いでいる。通貨安が進むとともにインフレ率も2023年2月は31.5%に高進するなど経済危機が深刻化し,2023年のGDP成長率は0.6%と予測(ADB)されている。
一方,コロナ・パンデミックの影響から衣料品輸出や故郷送金の増加により2021年6.9%,2022年7.1%と順調に回復していたバングラデシュは,ロシアのウクライナ侵攻以降輸入増加により経常収支赤字が大幅に増加し,外貨準備が2021年6月の449億ドルから8月に389億ドル,12月に338億ドルと漸減した。そのため,2023年1月にIMFは将来の不確実性に備え総額47億ドルの融資を承認した。2023年は5.3%成長が予測されている。
スリランカ,パキスタン,バングラデシュは,資源や原材料・部品などの価格が上昇すると輸入が急増し,経常収支赤字,外貨準備の減少,通貨安とインフレが進むという構造的な問題がある。その要因は輸出産業の育成が不十分なことである(注6)。世界2位の衣料品輸出国となり2026年にLDC卒業が国連で決定しているバングラデシュでも輸出先の多角化や産業構造多角化などが課題となっている。RCEPへの加入はアジア市場への輸出促進や投資環境の改善による外国投資の増加への道筋となるため,スリランカだけでなくパキスタン,バングラデシュもRCEP加入を検討すべきであろう。
南アジア3か国のRCEP加入の意義
南アジア3国のRCEP加入は足元の経済危機への対応を超える意義がある。まず,①巨大な市場規模があげられる。スリランカの人口は2,190万人だが,バングラデシュは1億6,750万人,パキスタンは2億1,530万人と大きく,これら3国の人口を合計すると4億人を超え,ASEANの約6割の規模に達している。スリランカの平均年齢は33.95歳(2020年,国連による)だが,バングラデシュは27.87歳,パキスタンは22.78歳と若く市場の潜在成長性は大きい。北東アジアだけでなくタイやベトナムなどASEAN加盟国の一部でも出生率が低下しており,南アジアの巨大市場としての重要性は高まっていくことは確実である。次に,②インドの近隣国であるこれら3国のRCEP加入は2019年に離脱したインドのRCEP復帰へのプレッシャーになることが期待できる。③地政学的重要性も見逃せない。これら3国はインド太平洋のシーレーンの要衝に位置しておりインド太平洋戦略でも極めて重要である。中国からみてもこれら3国は「真珠の首飾り」を構成する重要拠点であり,中国パキスタン経済回廊(CPEC)は一帯一路構想の旗艦プロジェクトになっていた。④一帯一路構想がピークを越えつつあり,巨額資金の借入れによる大型インフラ投資主導の開発からITを含む輸出産業育成や債務問題を起こさない直接投資受入れによるなど東アジア型の開発に舵を切る時期にきていることが指摘できる(注7)。
これら3国はFTAなど貿易協定をASEANをはじめRCEP参加国とすでに結んでいる。パキスタンは中国,マレーシアとFTAを締結し,タイ,シンガポールとFTA交渉を行っているし,スリランカはシンガポールとFTAを締結している。バングラデシュは貿易促進を目的とする2国間協定をインドネシア,マレーシアなどASEAN6か国および中国と結んでいる。また,バングラデシュは2023年4月に日本とのEPAの共同研究を開始している。
こうした実績と動きを踏まえこれら南アジアの3国のRCEP加入を検討すべきであろう。
[注]
- (1)スリランカのウィクラマシンハ大統領が,日経フォーラム第28回「アジアの未来」での講演で,RCEP(地域的な包括的経済連携協定)への加入を申請する予定と述べた(2023年5月26日付け日本経済新聞)。
- (2)その後,エクアドル(21年12月17日),コスタリカ(22年8月11日),ウルグアイ(22年12月1日)が加入申請を行っている。
- (3)RCEPの意義,特徴,概要,課題などについては,石川幸一・清水一史・助川成也編(2022)『RCEPと東アジア』文眞堂,が詳しい。
- (4)スリランカの一人当たりGDP(2022年,IMF)は3,362ドルでベトナムの3,674ドルより若干低い。バングラデシュは2,730ドルだが,パキスタンは1,658ドルとラオスの2,046ドル,カンボジアの1,784ドルより低い。
- (5)経済動向については,ジェトロ世界貿易投資報告書2022年版による。
- (6)新田浩之(2023)「南西アジア投資環境に温度差」ジェトロ地域分析レポート2023年5月18日。
- (7)一帯一路構想が転機を迎えていることについては,佐野淳也(2023)「現実路線にシフトした中国の一帯一路」,『環太平洋ビジネス情報RIM』2023 Vol.23. No.89 日本総研,が詳細に論じている。
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