世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
富山県がカーボンニュートラル戦略を策定:その特徴と問題点
(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)
2023.05.29
2023年3月,富山県がカーボンニュートラル戦略を策定・発表した。筆者は同戦略の策定を準備した小委員会の委員長をつとめさせていただいたが,その会議では喧々諤々の議論が続き,毎回盛り上がった。それもそのはず,委員には,地元富山県の第一線で活躍する有識者・専門家を網羅したほか,全国各地よりカーボンニュートラルにかかわる名だたる論客たちを集めたからである。召集したのは,新田八郎富山県知事。長く,地方都市ガス会社の雄である日本海ガスの社長をつとめた方らしい,英断であった。
富山県カーボンニュートラル戦略(以下,「戦略」と表記)の概要を紹介しつつ,その特徴を確認することにしよう。
「戦略」は,長期目標として,2050年度までにカーボンニュートラルを実現することを明言した。このこと自体は他県でも同様の方針を打ち出しているところが多く,とくに目新しいものとは言えない。しかし,この長期目標の背景説明として,50年度までに富山県の最終エネルギー消費量が13年度比で50%減少するという見通しを示したことは,「戦略」の特徴だとみなすことができる。
国が策定した第6次エネルギー基本計画(21年10月閣議決定)は,50年度における最終エネルギー消費量の見通しを示していない。ただし,50年度における電力消費量については,電化の進展により,現状より30〜50%増大すると見通している。つまり,国は,50年度に向けて,日本の最終エネルギー消費量が相当程度増えると考えていることになる。これに対して,「戦略」は,50年度までに富山県の最終エネルギー消費量が大幅に減少するという見方を打ち出した。きわめて斬新な見方である。富山県がこの見方を示すうえで依拠したのは国立環境研究所の推計結果であるが,同研究所の推計を採用したこと自体,特徴的な行動と言えるだろう。
「戦略」は,中期目標として三つの点を掲げた。
その第1は,30年度までに温室効果ガス排出量を,13年度比で53%削減することである。国の30年度目標は13年度比で46%削減であるから,それを上回るものであることは,確かである。しかし,とくに意欲的だと評価できるほどの水準ではない。しかも,30年度までの温室効果ガスの削減目標量708万トン(二酸化炭素換算。以下同様)のうちの38%に当たる272万トンが「電力の排出係数の低減」によるものだという点が,懸念される。つまり,北陸電力の富山火力発電所および富山新港火力発電所の動向次第で(より具体的に言えば,石川県にある北陸電力の志賀原子力発電所2号機が再稼働することによって,富山火力発電所および富山新港火力発電所の発電量が減少するか否かによって),温室効果ガス排出量を30年度までに53%削減するという目標の達成が大きく左右されるわけである。この点は,「戦略」が抱える問題点だということができよう。
「戦略」が掲げた第2の中期目標は,30年度まで最終エネルギー消費量を,13年度比で27%削減することである。富山県では,13〜19年度に最終エネルギー消費量が13%減少したから,この目標の達成は,不可能ではない。目標達成のうえでとくに注目されるのは,住宅等の建築物に関する省エネルギーの推進である。この点に関連して「戦略」は,「新築・既存住宅の断熱性能について,官民による検討組織を設置し,推奨する断熱性能基準等を検討する」,「新築住宅については,富山型ウェルビーイング住宅(仮称)を設定する」,「中小工務店向けに周知啓発,技術習得のための実務研修を実施する」としている。期待が高まる「富山型ウェルビーイング住宅」については,ゼロ・エネルギー・ハウスの実現をめざし,23年度中に規準を具体化する予定である。
「戦略」の第3の中期目標は,30年度までに20年度比で再生可能エネルギー(以下,「再エネ」と表記)電力を年間846GWh増加するとともに,再エネの熱利用も拡大することである。「戦略」はまず,21年度の富山県における再エネの発電電力量が10,097GWhに達し,県内の年間電力消費量9,776GWhを上回ったことを明らかにしている。再エネ発電電力量の大半は水力によるもの(9,213GWh)であり,そのうちのかなりの部分は県外に供給されている。つまり,富山県はすでに,広域的にはカーボンニュートラルの実現に重要な貢献をしているわけである。県内の水力発電の中心は大規模水力であるが,中小水力についても導入規模で河川式では5位(都道府県別順位,以下同様),農業用水路式では3位と,富山県は健闘している。しかし,水力以外の再エネの導入に関しては,富山県は全国に遅れをとっている。地熱については蒸気フラッシュ式で19位,バイナリー式で19位,低音バイナリー式で25位を占めているものの,規模が大きい太陽光については建物系で35位,土地系で37位にとどまり,伸びしろが大きい風力についても陸上式で41位,洋上式で実績なし,という実情である。逆に言えば,富山県では,再エネ電源の開発を行う余地がまだまだ残されているのである。また,「戦略」は,再エネの熱利用に関しても,30年度までに太陽熱を1.3万㎡,地中熱利用ヒートポンプを200台,バイオマス熱を33TJ,それぞれ増やすとしている。
富山県は,この「戦略」の遂行状況を常時モニタリングし,随時更新していく予定である。「戦略」の真価が問われるのは,これからである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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