世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANのFTAのアップグレードとRCEP効果
(亜細亜大学 特別研究員・ITI 客員研究員)
2023.05.29
世界最大のFTAであるRCEPは東アジア経済に大きな経済効果をもたらす。清水(2022,17-19)は,①東アジアの物品,サービス貿易を促進し東アジアの経済発展に資する,②電子商取引など新しい分野のルール化に貢献する。③東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援する,④域内の経済格差の縮小に貢献する,の4点をあげて,東アジアの更なる経済発展を支え,コロナからの復興にも役立つと指摘している(注1)。
こうした経済効果に加えRCEPがスパゲッティボウル現象の解消に役立つことを助川(2023,69-72)は指摘している(注2)。スパゲッティボウル現象は,原産地規則を中心とするルールの異なるFTAの増加により企業の通関手続きなどの複雑化や混乱することを指す。東アジアでは36の域内FTAが発効している。日本ベトナム間では,日ベトナムEPA(JVEPA),日本ASEAN経済連携協定(AJCEP),CPTPP,RCEPの4つのFTAが発効している。助川によると,「部分最適」を目指すFTAの乱立により,経済効率性の観点からは考えられない人為的な生産ネットワークが作られる懸念があること,FTAにより異なる書類の作成・管理が求められ,複雑な手続と事務コストが企業の負担になる。共通の原産地規則をもつRCEPはスパゲッティボウル現象の解消と日本企業の東アジアのサプライチェーンの効率化に貢献する。
ASEANのFTAのアップグレードを誘発・促進
ASEANの既存の協定のアップグレードに役立つこともRCEPの重要な効果だ。FTAのアップグレードは,①自由化レベルの引上げ,②企業の使いやすさ(利便性)の向上,③テクノロジーや環境などの変化に合わせて新しい分野に取り組む,などを行うことである。ASEANの締結したFTAでは,ATIGA(ASEAN物品貿易協定)やACFTA(ASEAN中国FTA)などで企業の利便性を意図したアップグレードが行われてきた(注3)。
ATIGAのアップグレード交渉は2022年3月に開始された。アップグレード交渉の目的は,ATIGAを伝統的な物品貿易だけでなく,ペーパーレス貿易,デジタル経済,循環経済,持続的開発などの新しい課題に取り組むFTAにすることである。ASEAN事務局のシン事務次長によると,ATIGAのアップグレードはRCEPが後押ししたものであり,RCEPの効果である。
ASEAN+1FTAでもアップグレード交渉が取り組まれている。実質合意されているASEAN豪州ニュージーランドFTA(AANZFTA)では,サプライチェーンの強靭化,重要物資の円滑な貿易,電子商取引などを対象とし,政府調達,零細中小企業などの章が設けられる。ASEANが参加するFTAで政府調達が取り上げれたのはRCEPが初めてであり,AANZFTAで政府調達を対象とするのもRCEP効果である。ACFTAは2度目のアップグレード交渉が始まった。デジタル経済,グリーンエコノミー,サプライチェーン,零細中小企業などの分野に取り組む「現代化」が狙いである。7番目のASEAN+1FTAであるASEANカナダFTA(ACFTA)は2022年8月に交渉が始まったが,政府調達,電子商取引,中小企業などを含む包括的な協定になる見込みだ。環境や労働などCPTPPに含まれる新たな分野についても議論が行われており,今後のASEANのFTAの方向を示す協定といえる。
東アジアではFTAの交渉や締結が他のFTAの交渉やFTAのアップグレードをもたらすなどFTAが相互に影響や刺激を与えあってFTAが拡大し質的な拡大や現代化を進めてきた。RCEPもTPP交渉の開始が刺激となりASEANが提案し交渉が始まっており,2018年のCPTPP発効がRCEP交渉で電子商取引,知的財産,競争などの幅広い分野のルール整備を促した(篠田 2023,49)(注4)。CPTPPとRCEPの発効で東アジアの経済統合は一段落したといわれるが,FTAの相互刺激によりASEANのFTAのアップグレード交渉が活発化していることに注目すべきである。
[注]
- (1)清水一史(2022)「RCEPの意義と東アジアの経済統合」,石川幸一・清水一史・助川成也編『RCEPと東アジア』所収,文眞堂。
- (2)助川成也(2023)「RCEPにASEANが及ぼす影響~「原産地規則章」,「貿易手続き及び貿易円滑化章」を中心に」,『RCEPがもたらすASEANを中心とした貿易・投資への影響調査』,ITI調査研究シリーズ No.141。
- (3)たとえば,付加価値基準のみだった原産地規則に関税番号変更基準を採用することがATIGA,ACFTAで実施されている。
- (4)篠田邦彦(2023)「RCEP発効後のアジアの地域経済統合と日本の対外経済政策」,『RCEPがもたらすASEANを中心とした貿易・投資への影響調査』,ITI調査研究シリーズ No.141。
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