世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アベノミクスの罠:財政と金融の癒着合体(隠ぺい型)の登場
(高知大学 名誉教授)
2023.05.22
今年1月に開催された日本国際経済学会関東支部の定例研究会において,日銀審議委員も務めた著名な金融論研究者が「アベノミクスは,最初から財政ファイナンス(政府の借金を穴埋めすること)ではなく,事後的にそうなったものだ」と釈明した。単なる自己弁護かもしれないが,実際に,「アベノミクスの罠」にはまっていたのかもしれない。
アベノミクスとは,「2%の物価上昇を目標に日銀が大規模に日本国債を買上げる量的金融緩和政策」のことであった。これが,金融政策であるのかそれとも財政政策なのか,と国民に問えば,その多くが当然にこれは金融政策である,と答えるだろう。しかしこれが,大間違いなのである。見事に「アベノミクスの罠」にはまってしまったのである。
アベノミクスは,金融政策であるとともに財政政策であり,誤った貨幣数量説を巧妙に利用し,隠ぺい的に財政と金融を癒着合体させた政策なのである。日銀が,貨幣数量説に基づいて,公債をその流通市場から買い上げれば,それで自動的に財政ファイナンが実現する。政府は安心して安い金利でどんどん公債を発行することができる。
「財政と金融の癒着合体」とは,事実上あるいは実質的に,中央銀行が政府に従属してしまい,財政規律や金融規律などの自己管理能力が失われ,ハイパー・インフレーションなどの貨幣破産や公的サービスが停止する財政破産を連動して起こす状況のことである。
このような癒着合体には,「公然型」と「隠ぺい型」の二つがある。「公然型」とは,世界大戦時に形成されたものであり,戦費不足に陥った政府のために中央銀行が直接に政府貸付けをしたり,戦時公債を直接に引き受けるなどして,目に見える形で形成された癒着合体方式のことである。
戦後に,先進国を中心に,財政と金融の分離規制が制度的に整備されるようになった。
しかしこの措置は十分ではなく,多くの不備・不具合(財政と金融の巨大穴:フィナンシャル・ビッグホール)が残ってしまった。「隠ぺい型」とは,この不備・不具合につけいり,それを利用して形成されたものであり,一見してもそうとはわからない癒着合体方式のことである。
アベノミクスは,誤った貨幣数量説を巧妙に利用して,財政と金融を癒着合体させる方法の隠ぺい型という新しい手法である。
安倍晋三氏は,昨年,参議院選挙の遊説中に,「日銀は政府の子会社」発言で物議をかもしたが,首相に就く前から「日銀に公債を抱えさせればいい」が持論であり,これが安倍語録に残されている。彼は,最初から財政ファイナンを狙っていたのであった。
財政法第5条で「公債の日銀引受け」は禁止されていたが,これだけを禁止していたことが,重大な不備・不具合だった。直接引受け,つまり公債の発行市場で日銀が直接買い入れることは禁止しているが,間接引受け,つまり流通市場での日銀による公債の買い入れについては言及していない。公債が発行され一時的に民間銀行が保有するが,すぐに日銀が流通市場で買い上げるなら,事実上の日銀引受けと変わらない。政府は,公債を一時的に流通市場に迂回させただけで,日銀から資金を調達することが可能となる。
日本公債論の権威である鈴木武雄氏は,70年近くも前に,次のように指摘していた。
「所要の財源を国債発行によって調達することをやめることができないとすれば,国債の市価維持が政府にとって必要となる。そのためには,市場の資金ポジションを緩慢にし,金利の低下をはかり,間接に国債の市価低落を阻止するか,あるいは日本銀行をして一定の価格で国債を無制限に買いオペさせ,直接に国債の価格維持をはかることが必要となる。
いずれにしても,日本銀行の信用創造を大幅に利用しなければ,金融市場を圧迫し,国債の市中公募は困難となる。しかし,その場合には,国債の市中公募,市中消化は名目的となり,実質的には日銀信用の拡大による消化にほかならず,日銀引受け発行と異なるところはない」。
そして,この防止には,財政と金融の双方に,制度的な歯止め装置が必要であると警告し,提案したのであった。
(詳しくは,紀国正典「アベノミクス国家破産(1)―貨幣破産・財政破産―」高知大学経済学会『高知論叢』第122号,2022年3月参照。この論文は,金融の公共性研究所サイト「国家破産とインフレーション」ページからダウンロードできる)。
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