世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2959
世界経済評論IMPACT No.2959

米国の金融引締めはインフレ抑制には十分か

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.05.22

 米国で5月2,3日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)で,政策目標であるフェデラル・ファンズ金利のレンジは0.25%引き上げられ,5.0〜5.25%となった。足元でフェデラル・ファンズ金利の実際の水準は5.08%近辺である。一方,30年物財務省証券利回りは,昨年末から概ね3%台後半にあり,両者の差は一時1.3%以上に開いた。翌日物金利のフェデラル・ファンズ金利が30年債利回りをここまで大幅に上回るのは,1989年以来のことだ。こうした短期金利が長期金利を上回る状態,いわゆる逆イールドは,景気後退に先行して生じる傾向がある。その理由はいくつか考えられる。一つには,長期金利は短期金利の予想の集積であり,逆イールドは将来景気が悪化して短期金利が下がることを金融市場が織り込んでいることを示し,そうした市場の景気悪化予想が実現するという見方である。別の見方としては,長期金利は資金需要の長期的な均衡点であり,それを短期金利が上回るのは,金融引締めが強いことを示し,強い金融引締めが景気後退をもたらすとも考えられる。

 また,銀行の融資担当者への調査であるシニア・ローン・オフィサー・サーベイによると,最新の4月時点の調査では,大中規模企業向けの商工業ローンに対する銀行の貸出態度は,過去の景気後退開始時並みに厳格化された。

 逆イールドの深まりも,銀行の貸出態度の厳格化も,早晩の米国経済の景気後退入りを示唆し,金融引締め政策の効果が明らかになってきたと言える。

 ただ,こうした金融環境の引締まりが,インフレの抑制にとって十分とは言い切れない。1−3月期の民間非農業部門の単位労働コスト(ユニット・レイバー・コスト)は,前期比年率換算値で+6.3%,前年同期比で+5.8%と大きく上昇している。米国のインフレ率の上昇は,当初はエネルギー,中古車などの価格高騰が主導し,その後食糧価格も大きく上昇したが,現在は全般的な労働コストの上昇がインフレ圧力の中心にあると見られる。単位労働コスト=時間当たり労働報酬/労働生産性,という関係にある。1−3月期には民間非農業部門の時間当たり労働報酬は前年同期比+4.8%,労働生産性は-0.9%であり,労働報酬の上昇に加えて,労働生産性の低下が単位労働コストを押上げている。労働生産性の低下は,財・サービスの生産より雇用の伸びの方が高いことによって生じている。4月分の雇用統計によれば,民間非農業部門の就業者数は前月比23万人増と,過去6ヵ月と同等の伸びを続けている。時間当たり賃金は前月比+0.5%,前年同月比+4.4%と,こちらも伸びは鈍っていない。

 就業者数や賃金の伸びが鈍っていないのは,企業が労働コストの上昇を製品価格に転嫁できているからと考えられる。消費者物価指数の平均値の前年同月比上昇率は昨年6月をピークに下がっており,エネルギー,食品を除いたコアの上昇率も頭を打ったようだ。ただ,一部品目の価格の大きな変動の影響を受けにくく,物価の基調を示す中央値の前年同月比上昇率は,昨年9月から7%前後で高止まっている。

 単位労働コストや消費者物価指数中央値の上昇率の大幅な低下は,景気後退が深くなり,企業の雇用削減が本格化するに加え,最終需要が落込んで製品価格の引上げが困難になるのを待たねばならないだろう。

 早晩,景気後退に入る公算が高まってきたことで,利上げは5月で打ち止めになるかもしれない。しかし,単位労働コストや消費者物価中央値の上昇率の低下が明らかになり,インフレ圧力が十分低下したと確認できるまで,利下げに転じることは難しそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2959.html)

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