世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2950
世界経済評論IMPACT No.2950

物価より為替レート・景気重視の日本銀行

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.05.08

 日本銀行は4月27,28日に開催の金融政策決定会合で金融緩和策の維持を決めた。記者会見で,植田新総裁は「2%のインフレ目標を達成すると安心して言えるところまで到達していない」として,拙速に動かないとの姿勢を示した。

 生鮮食品を除く消費者物価総合指数は,政府がエネルギー物価抑制策を打ち出した後も前年同月比で+3%を超えている。輸入物価の影響を受けやすい食料,エネルギーを除いても,2%台まで上昇している。こうした状況の下で,日銀はなぜ「2%のインフレ目標を達成していない」としているのだろうか。その点で注目されるのは,消費者物価加重中央値だ。これは,消費者物価の構成品目を上昇率順に並べ,各品目の構成比の累計値が上から見ても下から見ても50%になる品目の上昇率を示したものである。通常使われる消費者物価は,構成品目の加重平均値であり,一部品目の価格が大きく動いた場合に影響を受けやすい。一方,加重中央値はそうした影響を受けにくく,物価の基調を判断する上では加重平均値より優れた指標と言える。3月には加重中央値は前年同月比+1.0%であり,昨年3月の同+0.2%から上昇したものの,2%にはまだ幅がある。

 こうした点では,日銀がインフレ目標を達成していないとして金融緩和を維持する姿勢を示していることは理解できる。ただ,デフレが解消されたことは明らかであり,量的緩和やイールドカーブ・コントロール(YCC)などデフレ懸念が強かった時に導入された政策の必要性は低下したようにも思われる。金融市場でも,政策金利は当面ゼロ近辺で維持されるとしても,量的緩和やYCCは早期に撤廃されるのではないかという見方が出てきているようだ。

 ただ,日銀としては,為替レートや景気の行方が気になる所だろう。ここ3年ほどの円の対米ドル為替レートは,米国と日本の5年程度の中期の国債利回りの格差との相関が強くなっている。日銀がYCCをやめたり,量的緩和政策のもとで大量に購入した国債を売却したりすると,日本の国債利回りが上昇して米日利回り格差が縮小し,円高に動くだろう。昨年12月に日銀が10年物国債利回りの許容変動幅を±0.25%から±0.5%に拡大する措置を行った時には,日本の国債利回りが上昇し,一時1米ドル=130円を下回る所まで円高になった。

 円高は,エネルギー,原材料,食料の輸入価格の上昇に苦しんできた内需型企業や家計にとってはプラスだろう。ただ,円の実質実効為替レートが上昇すると日本の企業利益や輸出は減退しやすい。企業利益と輸出は,日本の景気を大きく左右する。

 米欧などでは金融引締めの景気への影響は,これから本格化しそうだ。そこに円高が重なると,日本の輸出や企業利益が減退し,景気も悪化するだろう。物価面ではYCCや量的緩和が不要になったようでも,為替レートや景気のことを考えると,日銀はなかなか動きを取れないようだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2950.html)

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