世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2947
世界経済評論IMPACT No.2947

中国が塗り替える世界自動車産業地図

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.05.08

 4月28日から27日にかけて上海モーターショー(第二十回上海国際自動車工業博覧会)が開催された。内外からの訪問者数は90万人に上った。会場となった国家会展中心では36万平米の展示スペースに1,417台の車両が持ち込まれた。展示されたEVは271車種513台(うち中国メーカー271車種)と展示車両の三分の一を占めた。世界で初めてお披露目された車両は93台(うち中国メーカー65台)でその三分の二がEVだった。国際モーターショーは主要国の大都市で開催されているが,中国で開催される春の上海モーターショー,秋の北京モーターショーに対する注目度は高まる一方であるように見える。

 中国の乗用車市場規模は昨年で2,214万台であり,世界シェア34%を占める。次いでアメリカが1,062万台,これに380万台の日本が続く(2022年実績)。またEVについて見れば,世界のEV市場に占める中国のシェアは60%に上る。EVの要とも言える車載電池のシェアは中国のCATL(寧徳時代)や自らEVも開発生産するBYD(比亜迪)の二社で約50%。世界最大の自動車市場において,内外のメーカーは激しい競争を繰り広げているが,この数年目立つのが民族系メーカーの躍進である。

 外資系メーカーにとって中国の自動車市場は,まさに草刈り場でもあった。なによりも市場の成長が著しいうえに,規模も大きい。日本のトップメーカーが2002年に中国での生産を決めたとき市場規模は200万台に過ぎなかったが,20年で10倍,この10年では1千万台も増加した。一方,民族系メーカーは技術力も品質管理能力も外資系メーカーに劣後していた。10万点近い部品を使用する乗用車の製造には幅広いサプライチェーンの構築が不可欠であり,高度な加工技術や厳格な品質管理,さらには持続的なコスト削減と納期の遵守が求められる。一朝一夕に構築できるものではない。こうした事情もあって,21世紀の最初の20年間,外資系メーカーは70%の市場シェアを維持していた。

 外資の圧倒的優位は,2020年代に入って急速に崩れていった。2020年の民族系メーカーの市場シェアは35.7%だったが今年第一四半期には49.7%へとわずか2年間で約15ポイントも拡大した。これを支えたのが民族系EVである。EVの部品点数はガソリンエンジン車の十分の一と言われる。すり合わせ技術よりも組み合わせが肝要であり,サプライチェーンもフラットであるため参入は容易だ。2022年の新車販売台数におけるEVの浸透率は25%に達し,今年に入ってからは30%に伸長した。外資系は2019年に上海で生産を開始したテスラを除けば,コロナ禍によりエンジニアの移動が制限されたこともあってEVの現地生産の準備が大幅に遅延した。この間隙をついて民族系メーカーのEVが急速に市場に浸透していった。

 民族系の大躍進を支えたのが政府を挙げての新エネルギー車の育成だった。きっかけは2005年12月,トヨタのハイブリッド車プリウスの中国市場投入だった。これをうけて2007年にハイブリッド車を含むEVの品質管理基準が制定され,2012年には国務院が「省エネおよび新エネルギー自動車産業発展企画2012−2020」を制定,当該分野での車両の開発,生産,販売および普及に関わる包括的な支援策が開始された。それだけではない。充電施設の整備(今年3月で584万基が設置済),車載電池の4R事業基盤の整備も併せて実施された。これにともない,新たなガソリンエンジン車の新規工場建設は原則禁止となった。メーカーに対しても一定規模のEV製造が義務付けられた(双積分政策)。そうした中で,蔚来(2014年創業),小鵬(同),理想(2015年)といった新興EV御三家が事業を立ち上げ,これに政府系ファンドが資金を投入し,ニューヨークでの株式公開も行われた。EVの爆発的普及のきっかけとなったのが2018年のテスラの上海進出だった。自動車という戦略産業に対する外資の出資比率規制を取り払い,初めて100%外資の進出を認めたのが現総理の李強氏(当時は上海市書記)である。これは民族系メーカーのEV化を嫌が上でも加速させた。

 中国製EV(含む上海テスラ)の品質には盤石の信頼はおけない。バッテリーのコンタミを原因とした発火は頻発し,制御ソフトのバグを原因とした誤作動による事故も相次いでいる。テスラは今年の上海モーターショーへの出展を見送ったが,これは一昨年に発生したブレーキ制御ソフトのバグを原因とした暴走事故に対するユーザーの抗議に配慮したものと言われる。ともあれ,「見切り発車」が急速な市場拡大を支えたことは間違いないし,様々な技術的課題は日々克服され,品質も日進月歩で向上している。屍を乗り越えた発展拡大と言えるかもしれない。

 中国のEV産業は,バッテリーも含めたその生産能力,バッテリーの原材料でもあるリチウム,マンガン,コバルトといったレアアースの採掘という最上流からのサプライチェーンの構築と相まって,目下,世界最強の状態にあると言える。民族系メーカーのEVの輸出もまた昨年から急増している。昨年の中国の自動車輸出台数は311万台でドイツを抜いて日本に次ぐ二位となった。そして今年第一四半期だけで106.9万台となり,日本の104.9万台を抜いて世界トップに立った。日本の輸出台数には月間30万台程度の中古車が含まれているが,中国の輸出に占める中古車のシェアは微々たるものであることを勘案すれば,新車の輸出台数において中国は明らかに世界トップに立ったと見ることができる。知財分野も見逃せない。EVはIOT,MAASといった4G,5Gネットワークとの連接により,さらに高度化され,利便性と安全性を高めることができるが,これに関わる特許申請件数の中国のシェアは2022年には前年の37%から65%に跳ね上がっている。

 今年に入って,中国の自動車市場では,熾烈な値下げ競争が発生している。ゼロコロナ政策下で新車販売が落ち込んだために昨年末時点で390万台に上った在庫を整理するのが目的だが,EVもこの例外ではない。五菱宏光はすでに5万元台のミニEVを発売し,大ヒットとなったが,セダンの分野でも10万元を切るEVが出てきている。これもまたEV普及を加速させるだろう。中国発の爆発的EV普及は確実に世界の自動車産業地図を塗り替えつつある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2947.html)

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