世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2937
世界経済評論IMPACT No.2937

アメリカの半導体誘致の奨励と対中規制:“CHIPS法”は,どんな影響を及ぼすか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.05.01

半導体誘致の奨励

 『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は,製造業のアメリカ回帰を企図した半導体関連の報道を行った。アメリカ国内で半導体の開発および量産やAI(人工知能),量子コンピュータ,通信技術などへの投資を支援する「CHIPS法(CHIPS and Science Act)」により,アメリカ半導体関連の工場を設置する企業は,政府より補助金を受けることができる。

 一見すると「CHIPS法」に則って投資すれば,自動的に補助金を得ることが出来るように見えるが,実際には結構難しい手続きが必要である。最近,公布された先端半導体製造の補助申請は,3月31日から開始され,成熟半導体製造の補助申請は6月26日から開始される。米商務省に対して半導体ウエハー工場の財務予測,売上高,コスト,月あたりの最大生産能力,初年度の予期販売額,年度価格の変化など詳しい資料の提出が要求される。明らかに企業の「Trade Secret(営業秘密)」を開示しなければならない問題が存在する。仮にTSMCが提出した「営業秘密」がライバルのインテルに伝わった場合,TSMCが秘密流出により被る被害は甚大だ。しかし,TSMCにアメリカでの工場設置を要請した米商務省にしてみれば,「営業秘密」の提出要請は,数十億ドルから数百億ドル単位の補助金を税金から支出することに対する納税者への説明義務と言えるだろう。

 世界最大のGPU(画像処理装置)企業のNVIDIA創業者・CEOジェンスン・フアンは,「すべてのものの背後には半導体があり,半導体がないと,今日のハイテクに進歩はない」と述べた。翻って,安全保障の観点からアメリカは,中国の半導体技術が発展し自らを凌駕することを防ぐ必要があるだろう。

半導体の対中規制

 アメリカは2022年10月から半導体の対中規制を公布し,2023年4月からは線幅14nm以下から50nm以下に規制レベルを引き上げる可能性を排除しないと言うようになった。理由として,28nmの成熟プロセスの製造装置で14nmレベルの半導体チップを製造することができることだ。現に,中芯国際(SMIC)は,28nmの製造装置で14nmの半導体チップを製造した実績を持っている。アメリカは,オランダと日本に対してもこの規制に参加するように要請し,2月8日にオランダ,3月31日に日本も賛同し規制をするようになった。オランダのASMLは世界唯一で5nm以下の半導体製造に欠かすことができないEUV(極端紫外線リソグラフィ)の対中規制だけでなく,28nmチップ製造のDUV(深紫外線リソグラフィ)も規制の対象とした。日本はアメリカからの要請を受け入れ,半導体製造装置関連の23品目を輸出規制の対象に加えた。

 そのほかに,対中ハイテク企業への投資に制限を加える可能性もある。アメリカ政府は,AI(人工知能),量子計算など先端ハイテク技術を持つアメリカ企業に対し,中国のハイテク企業へ投資することを制限させる方針を明らかにした。

 アメリカの対中規制の影響は,中国の半導体工場の拡張進度を緩める。特に,中芯国際(SMIC)の28nm工場建設拡大計画では,月産30万~40万枚ウエハーの生産能力の構築進度が大幅に遅延している。長江存儲科技(長江メモリ),長鑫存儲技術(CXMT)の工場増設にも影響を及ぼし,リストラの計画も持ち上がった。長江存儲は中国大基金2期の投資によって,辛うじてリストラを進めることはなかったが,アメリカによる規制のため,中国のメモリー半導体企業への打撃は非常に大きい。現在,ロジック半導体は大きな規制の対象になっていないが,28nm以上のロジック半導体にもこの領域の規制が及ぶ可能性がある。

 中国の半導体協会会長は,「我らは輸出規制の対象となっているが,異なる思考で先端半導体だけを追求するだけでなく,成熟型半導体も国内で生産するノウハウを手に入れるべきだ」と述べた。この言葉に示されたように,近年,中国の半導体製造企業は,台湾のTSMC,聯華電子(UMC)などの製造技師をヘッドハントするようになった。特に,新しい28nm半導体設備の購入が規制の対象になったため,中古品の設備を購入し,設備の統合を行い,既存の設備のメンテナンスを行っている。

 一方,中国のAI関連企業は大きなダメージを受け,百度(Baidu)はNvidiaから最先端のA100とH100チップの入手ができず,中国版ChatGPT(対話型AI)に当たる対話型AI「文心一言」の構築に影響がでてきた。対中規制の強化により,対中依存が高いアメリカの半導体関連企業にも影響が出ている。半導体製造設備企業のラム・リサーチ(Lam Research)が人員のリストラ,アプライド・マテリアルズ(Applied Materials)とKLAでも人員整理が行われた。

 その他,脱中国化によるiPhoneやパソコンの組立・加工のプロセスのベトナムやインドの移転が推進され,中国の半導体の輸入額と輸入数量にも深刻な影響を受けるようになった。2023年1月~2月分の半導体輸入額は1月の919.5億ドルから2月の688億ドルに30.5%減,同期の同輸入数は675.8億個から478.3億個に26.5%減となった。2月は暦の上で28日間,それに旧正月の長い祭日があるため,これらの数値にも減少傾向が現れるが,前述の26~30%の減少は例年よりも遥かに大きい数字である。

 数字減少の背後には,アップルのiPhoneの組立がインド,ベトナムなどに移転し,相対的に中国から輸入する半導体の数量と金額の減少がそれを示している。Dellパソコンも「脱中国化」が着実に進展し,中国のハイテク産業の「空洞化」が着実に進んでいる。仮に中国以外でiPhoneやパソコンの組立をする場合,半導体を台湾のファウンドリーに製造委託するか,韓国製メモリーを使用し,中国製の利用や中国の企業に委託製造することは無くなる。クアルコム(Qualcomm)は過去にSMICのチップを使っていたが,今は台湾のTSMCやUMCから調達するように変化した。

 3月16日,TSMCの創業者張忠謀(モリス・チャン)は,アメリカの対中半導体の輸出規制を公開の場で支持すると表明した。モリスは,アメリカが提起した「CHIPS法」が,中国が半導体の開発のステップを遅らせることに繋がるため,これを支持すると理由に挙げた。また,中国の半導体産業の発展速度を緩めると,半導体の需要と供給のバランスを保つことができ,半導体価格の安定にも有益であると述べた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2937.html)

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