世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
加速する人民元の国際化
(多摩大学 客員教授)
2023.04.17
国際貿易において圧倒的なシェアを持つ国の通貨は,自ずと国際化するものだ。古くはビザンツ帝国のノミスマ金貨,16~17世紀のスペイン銀貨,18~19世紀の英国ソブリン金貨とポンド,そして戦後の米ドルなど,覇権国家の通貨は国際的に広範に流通した。米ドルは,IMF・GATT体制の下で基軸通貨となり,今日でも,貿易決済の80%以上がドルで行われている。
一方,国際貿易におけるアメリカのシェアは今世紀に入って趨勢的に低下している。10%を超えていたシェアは2022年では約6%にまで縮小した。1980年代,日本経済が国際的に躍進していた時期,貿易シェアは10%を超え,円の国際化が喧伝されたが,日米貿易摩擦,半導体戦争,そして90年代の「金融敗戦」を経て雲散霧消してしまった。
これに対し,中国の貿易シェアは90年代の2%から年々拡大し,2022年では15%に達した。米国よりも中国との貿易額が多い国は,全世界の75%を占めるという。20年前の比率と逆転した格好だ。国際貿易における中国のシェアの上昇や経済規模が世界第2位になったことを反映し,国際金融界における中国の地位も上昇している。IMFのSDRにおける人民元の構成比は2022年5月10.92%から12.28%に引き上げられ,日本の7.59%を更に引き離した。また,IMFによれば世界80か国の中央銀行が保有する外貨準備に占める人民元の比率も2016年の1.08%から2022年第2四半期には2.88%まで上昇した。米ドルの59.53%,ユーロの19.77%,円の5.18%にはまだまだ及ばないものの,拡大のスピードは刮目すべきものがある。
人民元の国際化を加速させたのがロシアによるウクライナ侵攻だった。欧米諸国は制裁措置としてロシアの一部銀行を国際決済システムSWIFTから排除する措置に踏み切った。国際金融市場における「核兵器」とも称されるこの厳しい措置は,対象国のロシアのみならず,諸外国の金融界・財界にも大きな衝撃を与えた。ロシアの場合,ドル決済が大幅に制限されたことから,欧米との貿易は激減する一方,中国との取引が急増した。2022年のロシアの対中貿易額は,過去最高の1,850億ドルに達した。その決済の殆どが人民元で行われたとも言われる。この結果,ロシア中央銀行によれば,ドル・ユーロでの決済割合は侵攻前の約85%から2022年末には50%まで激減する一方,人民元の割合は15%前後から30%強に拡大した。モスクワ外為市場における人民元の取引シェアは40%に達したという。ちなみに,円決済の割合も数%から約20%に拡大しているが,これは,日本海を経由した消費財,中古車などの取引急増によるものである。無論ロシア産海産物などは円決済である。
ロシア以外の国も,人民元での貿易決済を拡大させつつある。国際貿易における人民元決済比率は,ウクライナ侵攻前までは概ね2%前後で推移していたが,欧米の制裁措置を受け,急増し,今年第1四半期には4.5%まで拡大し,6%台で推移するユーロに迫る勢いを見せている。米国による金利引き上げにより,貿易ファイナンスの金利コストが人民元を上回ったという事情もあるかもしれない。
ドル決済が当たり前だった原油取引についても,すでにイラクが中国向け輸出について人民元決済を開始している。サウジアラビアも前向きに検討を開始していると言われる。中国の周旋によるサウジアラビアとイランとの国交回復実現は,中東地域における中国に対する信頼感を高めたと言えるが,これが原油取引における人民元決済開始にもつながった格好だ。
従来から対中貿易依存度の高かったアセアン諸国も,人民元決済の拡大に前向きである。3月28日にインドネシアのジャカルタで開催されたアセアン蔵相・中央銀行総裁会議において,貿易決済におけるドル,ユーロ,ポンド,円の使用を今後減らす一方で,昨年11月に合意された現地通貨決済システム(Local Currencies Transaction Scheme)活用を拡大することで合意した。これと併せ,主催国のジョコ大統領は,クレジットカードについても,国際カードではなく,現地銀行が発行したものを積極的に活用すべきと発言している。
さらに,昨年,ボルソナーロ大統領を僅差で破り二度目の当選を果たしたブラジルのルラ左派政権は,3月29日中国との貿易決済を人民元で行うと発表した。ブラジルにとって中国は,輸出の30%,輸入の20%を占める最大の貿易相手国である。2022年の貿易総額は1,715億ドルに上った。10年前に比べればほぼ倍増である。ルラ大統領は4月14日夫人とともに北京を訪問,人民大会堂前で21発の礼砲で迎えられた。
中国はSWIFTの人民元版とも言える決済システムCIPS(Cross-border Interbank Payment System)を運用しているが,人民銀行によれば,昨年の決済額は21%増加し,97兆元(14兆ドル)に上った。ただ,国際金融界における中国の経験はまだまだ欧米には及ばない。過去2世紀にわたって欧米(特に英米)が構築してきた国際金融システムにおいて中国が存在感を増すには時間がかかるに相違ない。その一つの目安となるのが,IMFのクオータになるのではないか。これは,加盟国の世界経済における地位を反映したもので,「0.5×GDP+0.3×開放性+0.15×変動制+0.05×外貨準備」によって決められ,5年毎に見直される。現状,最大のシェアを持つのが米国の17.46%,次いで中国6.48%,3位が日本の6.41%となっている。次回の見直しは2028年と見られるが,もし,今後10年程度で中国のGDPが米国を追い抜き,金融開放がさらに進んだ場合,中国が最大のシェアを持つ可能性も否定できない。最大のシェアを持つ国にIMFの本部が設置されるが,それがワシントンから北京に移る可能性もうっすらと見えるようになってきた。
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